クリエイティブの力で業績を伸ばし続けるピクサー。その経営者であるエド・キャットムルが書いた『ピクサー流 創造のちから』は、イノベーションが求められる時代に、経営者が何をすべきかを語っている。
戦略家でもない、アーティストでもない、新しいタイプの経営者
新刊の『ピクサー流 創造のちから』の読後感は実に気持ちのいいものでした。著者であるピクサーの創業者であり社長である、エド・キャットムル自身が実践した経営を率直に、何の飾りもせずに語っているからです。
ピクサーと言えば、『トイ・ストーリー』や『ファイティング・ニモ』などのアニメ映画で知られますが、驚くべきは、制作した14本の映画がすべて大成功を収めていることです。まさにクリエイティブな企業の典型ですが、業績が伴っているところが単なる「創造性にあふれた企業」との大きな違いです。この会社のかじ取りをしているのが、著者のキャトムルであり、その経営者像は従来のステレオタイプな分け方では当てはまらないものです。
経営者のタイプを大別すると、戦略家型とアーティスト型がいます。
戦略家型の特徴は、事業環境の本質を見事にとらえ、市場のエコノミクスを明確にとらえることでおのずと競争優位につながる戦略を打ち出すことができます。戦略立案のみならず実行面でも組織の原理を理解し、迅速な実行を可能にする仕組みを構築するのも上手い。彼らは、データやファクト、そしてロジックを重視します。古くはGMを巨大企業に育てたアルフレッド・スローンやIBMを再建したルイス・ガースナーなどがこの経営者像の典型でしょう。
一方のアーティスト型経営者とは、まさにスティーブ・ジョブズのような人です。一見、戦略的整合性が取れていないと見えるプランを組み合わせ、見事な顧客体験を生み出すタイプの経営者です。データよりも自らのビジョンや直観を重視し、それによって顧客インサイトを見事に捉えることができます。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ、eBayのピエール・オミダイアもこのタイプと言えるでしょう。新たに産業が勃興する際には、このような経営者が台頭するようです。
ピクサーの社長、エド・キャットムルはこのどちらにも属さない、新しい経営者像を感じます。彼は創造性の重要性を誰よりも理解しています。そのためクリエイターに最高の環境を用意したからこそ、数々のヒット映画が誕生します。ピクサーのクリエイターと言えば、同じく創業者のひとり、ジョン・ラセターが有名です。ラセターはアニメーターを経て映画監督となり、ピクサー映画のアイデアとクオリティは、彼の創造性の賜物です。キャットムルは元々コンピュータ科学者で、コンピュータ・グラフィックの分野で活躍していました。科学者であり技術者であるキャットムルは観察力にすぐれ事実を客観的に分析する力を有しています。その彼が築いた組織文化は創造性を限りなく発揮させるためのもので、キーワードはオープンとフラットでしょう。人と人が自由に意見をぶつけることの重要さ。そして批判よりも建設的な意見がどうすれば出やすくなるかを熟知しています。