TPPよりも物流費が
日本の野菜を危機に陥れている

石倉 今、TPP交渉が山場を迎えていますが、加藤さんの野菜事業では影響がありそうですか。

加藤 野菜の関税は0~3%程度なので、TPPの合意が野菜づくりに影響を与えることはないと思います。むしろ喫緊の問題は、TPPに関係なく野菜の輸入量がグングン増えていることです。安い野菜が輸入され、それが加工されて日本人の口に届きます。一方、日本の高級野菜は海外に輸出されて、海外の富裕層に好まれています。いずれにしても輸送には日数がかかりますので、せっかく美味しい新鮮な野菜をもったいなく使っていることになります。何か、矛盾を感じますね。

石倉 輸入が増えている理由は、やはり価格の問題ですか。日本でも同じ価格でできれば輸入は減るのでしょうか。

加藤 日本でつくる野菜の価格は確かに高いです。人件費が高く、どうしても輸入品より高くなります。また市場に出回っている野菜の6割が小さな包装のカット野菜です。新鮮な野菜を食べたいと願う人が増えてくれればカット野菜などにせずにそのままで販売できますが、最近増えている高齢世帯や少子世帯では消費できません。消費者が求めるものと生産者が提供するもの、つまり需要と供給がちぐはぐな状態になってしまっているのが現状です。

石倉 高齢化、単身世帯の増加などの社会構造が、野菜の需要にもそのまま反映しているのですね。

加藤 もう一つの問題が物流費ですね。小売価格の10%を物流費が占めるので、四国や九州の農業は、物流費が割高になったために、存亡の危機に瀕していると言っても過言ではないほどです。

石倉 地産地消が理想だけど、四国や九州だと近くに大きなマーケットがないということですね。

加藤 そうなんです。私たちのベジプロバイダーでも、物流費が本当に重い。ここを何とかしないと、高い物流費で日本の野菜づくりが疲弊しかねません。

石倉 でも、「地元の美味しいものを食べにきてください」と地元の生産物を売り物にしている訪問客を増やそう、観光を促進しようとしている旅館などもありますよね。つまり“地産来消”ということだとおもうのですが、こうした取り組みは、まだ少数なのでしょうか。

加藤 すべてがそうだというわけではないのですが、「調達契約を結んだが故に、生産者がそれに安住して品質向上の努力を怠るようになった。その結果、期待した素材が来なくなった」という購買側からの批判もあります。だからこそ生産者側と購買者側の思いをきちんとつなぎ、誠実な長期取引を可能にする仕組みが必要で、それがベジプロバイダーの重要な仕事になっています。これができるようになるだけで、国内農家は輸入品に奪われた市場をかなり取り戻せると思います。

石倉 加藤さんのこうした取り組みに対する農協の反応はどうですか。

加藤 特に何もないですが、協力してくれる農協もあり、そうでないところもありです。ただ、多くの農協は営農に力を入れられなくなっています。組織を維持する、稼ぐために共済と貯金が主事業になっているところが多いのです。ですから政府が「農業の6次産業化」と声高に叫んでいても、1軒の農家がやれることには限界がありますし、農協はやる気がない。結局、協業が進まないというのが現状です。先ほど、日本の農業条件は地域によって千差万別と言いましたが、地域ごとに抱える問題が違うので、農家が協働・連携して各地域それぞれで「地域全体」の生産性を上げていかなければならないのですが、なかなかそうはなっていません。

石倉 農業を支えているのは女性が多いと思いますが、女性の方が男性より、協業志向が強いから、実は農業を裏であやつっている“黒幕”である女性同士がつながれば状況も変わるのではないですか(笑)

加藤 実際、農水省でも、お嫁さんたちを糾合する「農業女子プロジェクト」を、今盛んに推進している地域再生問題とセットで取り組んでいます。農業は、女性の感性を発揮しやすい分野なのです。男の人は、どうしても一国の主や「標準化」をめざしたがります。その気持ちは分かるのですが、こうした考え方では、協業も進みにくく、地域全体の生産性をあげ、地域のユニークさをアピールするという取り組みでもなかなか一枚岩になれません。

石倉 地域コミュニティの核の役割を果たすのが女性である、という事例は世界でもかなりあります。例えばグラミン銀行が始めたマイクロ・ファイナンスは、女性たちをつなげることで地域経済の活性化を図ろうとするものです。女性に働きかけると、子供の教育、栄養、保健など波及効果が大きいというのはよく知られていることです。特に食べるものは女性が主役ですから。

加藤 本当に、そうなんです。自分のつくった野菜に自分で包丁を入れることもしない、食べ比べもしない農家の夫もいます(笑)。そういう人に農業を任せてはおけないですよね。スーパーで自分がつくった野菜がいくらで売られているのかを見に行こうともしないような夫は、本当に農業をしていていいの、と思ってしまいます。
 女性を中心にした緩やかな連携を創造できれば、農業はさらに変わります。そのためにもITの力が必要で、いろいろな企業を伺っては意見を聞かせていただいています。