イノベーションは大企業では潰されてしまうので、創意と熱意にあふれ機敏に動くベンチャー企業がやるべきだ――アメリカではこうした考えが少なくないという。しかしアンソニーはそれに異を唱え、大企業がイノベーションに取り組むべき3つの理由を挙げる。


「なぜ、大企業がわざわざイノベーションに取り組む必要があるのでしょう?」

 起業家やベンチャー・キャピタリスト、あるいは皮肉屋の企業経営者に会うと、私はしばしばこの質問を投げかけられる。

 大企業は何をしようと、もはや持続的な競争優位を持てず企業としての寿命も短くなる一方である。ならば、わざわざイノベーションに取り組んでも無駄ではないか、という疑問だ。ジョセフ・シュンペーターの言う創造的破壊のプロセスをどんどん進めて、非効率で前近代的な大企業から、活力にあふれ機敏なベンチャー企業へと、資本と雇用を移行してイノベーションが促進されるほうがよいのではないか――。

 大企業もイノベーションに取り組むべきだ、というのがこの問いに対する私の答えだ。その根拠を3つ述べたい。

1.資本と雇用の移行にはタイミングが重要となる
 避けられない変化(あるいは終焉)を賢明に認識し備えることと、まだ好調な事業に時期尚早に見切りをつけることとの間には大きな違いがある。創造的破壊には取引コストがかかる。失業が発生し、大企業に依存する地域社会は被害を受ける。長い年月をかけて慎重に蓄積されてきたノウハウや他の資産は破壊されてしまう。

 たしかに、多くの企業に見られる肥大化した官僚主義の弊害や従業員の心をくじくような仕事を鑑みれば、そうした取引コストも致し方ないかもしれない。それでもなお、取引コストはコストである。シュンペーターは、創造的破壊は「資本主義の本質」であり、それが引き起こす混沌によって資本主義は終焉に向かう、と論じている。

2.ベンチャー企業が活発な業界は、非常に限られている
 ベンチャー企業が多く現れるのは、ベンチャー・キャピタリストが好む業界(バイオテクノロジーやITなど)や、比較的参入障壁が低い業界(飲食など)である。

 もちろん、新しい技術を基盤とするベンチャー企業は、多くの既存市場を変革する原動力となりうる。昨今で言えば、乗客と運転手とを結びつけるモバイルアプリを擁するウーバー(Uber)と、従来のタクシー会社の競争が好例であろう。だが他の分野、たとえば鉱業、建設業、農業、そして多くの製造業の業種は、ベンチャー企業からほとんど相手にされていない。こうした業種・業界では、既存の企業が動かなければ誰もイノベーションの課題に立ち向かおうとはしないのだ。

3.グローバル企業にしか解決できないような社会問題がある
 たとえば、数年前に我々イノサイトは、メドトロニックが心臓ペースメーカーをインドの患者に提供するビジネスモデルの策定と展開を支援した(英語サイト)。それまでインドでは、ペースメーカーの必要性がわからない患者や、1000ドルという高価な機器の費用を負担できない患者がほとんどであった(インドでは治療費を自己負担の一括払いで支払う人が大半である)。