ただ、私は事業環境の複雑性そのものが問題なわけではないと考えています。うまく対応すれば競合優位性を構築することができるからです。しかし、複雑性に対応しようと組織を繁雑にしてしまっては、スピード、信頼性、イノベーション、効率性など、多くの戦略目標を同時に実現し、付加価値を生むことはできません。このジレンマを解決するためには、組織をシンプルにするしか方法がないことに気づきました。ただシンプルにすればいいという訳ではありません。事業環境の複雑性を理解しつつ、競合優位性を保ち、賢明なやり方でシンプルさを追求しなければなりません。そこで生まれたのが「6つのシンプル・ルール」だったのです。
従業員の行動を真に理解できているか
――日本企業が自らこのルールを導入するときに、気をつけるべき点はどこにありますか。

イヴ・モリュー
モリュー:「6つのシンプル・ルール」の最初に書かれている「従業員の行動を理解する」というルールに真っ先に取り組むことでしょう。実際、多くの企業において、上司は部下が何をやっているかわかっていません。部下が何をやっているか質問しても、返ってくるのは「部下のパフォーマンスが上がらない」「イノベーションが足りない」「なかなか決めてくれない」「決めても実行に移せない」というような「やっていないこと」ばかりです。きちんと観察すると「何もやっていない」人はいません。人は常に何かをやっている。このことが正しく認識されていないのです。
西谷:クライアント企業のお手伝いをする際、「何が問題だと思われますか」という質問をすることがあります。モリューが申したように、部下が何をしてきたか、何をしているかという答えはほとんど出てきません。例えば、イノベーティブな組織を作りたい、という日本企業でこの質問をした場合も「協力しない」「リスクをとらない」といった「~ない」という答えが出てくるばかりです。組織のパフォーマンスは、社員の行動で決まってきます。部下が何をしているかわからない限り、問題を解決することなどできません。「リスクをとる」代わりにどのような行動をとっているのか。どういった類のリスクは組織の中で許容されているのか、誰がリスクのある投資案件を申請して、どこで却下されているのか。具体的な行動を理解して始めて、それをどう変えるか、という議論が可能になります。この「従業員の行動を理解する」というルールが最初に書かれているのは、リーダーが1人1人の部下の仕事を知ることが問題解決のスタートになるという、明確な根拠があるからなのです。