残念ながら人間には思い込みや間違いは付きものだ。行動経済学の知見によれば、それを逆手にとって組織の問題を改善する方法がある。本記事では入力バイアスやデフォルト・バイアスの例を取り上げる。

 

 意思決定に関する数十年にわたる研究、およびダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』のような近年人気の関連書籍が示すメッセージは、今では広く知られるようになった。人の脳はしばしば不合理に働き、本人とその周囲が予想だにしない形で意思決定に影響を及ぼすことがある。その結果生じる狂いによって、たとえ十分な経験と知識があっても、経営上あるいは個人の健全な判断が阻まれる。

 残念ながら、自信過剰や確証バイアス、損失回避といったバイアスが意思決定に影響を及ぼすことをよく知っている人でも、それらを防ぐのに苦労している。効果のない意思決定や判断ミスの原因となるバイアスに、体系的な方法で対処していないからだ。したがって企業の幹部が、従業員のバイアスを正し克服させるための適切な対策を講じていると自負していても、実際にはうまく機能していないことが多い。

 では、どうすればいいのだろうか。その答えは、心理学と判断・意思決定、経済学の知見を組み合わせた学問分野である行動経済学が教えてくれる。バイアスにつながる思考パターンを頭の中から完全に取り除くのは至難の業だ。そこで行動経済学は、こう提唱する。人が誤った意思決定をすることを前提としたうえで、意思決定の文脈や環境を変えることでより良い結果につなげるのだ。マネジャーはこのことを知っておけば、組織におけるプロセスやシステムの有効性を高めることができる。

 建築家は、環境と物理的空間に非効率が生じないよう設計を吟味する。マネジャーも同じように、「選択設計」(choice architecture)を意識するとよい。選択設計とは、リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンが2008年の著書『実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択』の中で使った言葉で、選択肢の提示のしかたによって人の意思決定に影響を及ぼすことだ。マネジャーは、思考の誤りが人間本来の特質であることを意識すれば、意思決定の環境をより効果的に設計できるようになる。

 具体的には、どうすればいいのか。1つ例を紹介しよう。アメリカのコメディドラマ『となりのサインフェルド』でジョージ・コスタンザは、職場の駐車場に自分の車を置きっ放しにして、誰よりも長く働いていると上司に思わせようとする。これは心理学者が言うところの「入力バイアス(input bias)」を利用した行動だ。「努力の形跡」と「実際の成果」の間にはほとんど関係がない場合でも、人は双方を関連づけてしまう傾向がある。コスタンザはこれを利用して、自分の生産性に対する上司の評価を変えようとしたのだ。

 このバイアスについて知ることで、マネジャーは組織の有効性を高められる。たとえば顧客体験を向上させるには、その選択設計において何が重要なのか明らかにすればよい。ライアン・ビュエルとマイケル・ノートン(ともにハーバード・ビジネススクール)は2011年の論文で、サービス企業が顧客満足度を高める方法について調査している。その結果によれば、企業がサービスの実行中に、努力の過程を視覚的に提示すると、待たされている顧客の満足度は高まる傾向があるという。サービス提供に伴う努力――ビュエルとノートンはこれを「オペレーションの透明性」と呼ぶ――が目で見えると、顧客は待ち時間に不満を感じなくなるばかりか、サービス自体をいっそう高評価するのだ(英語論文)。