また、被験者の不安を計測したところ、カードをたった10枚引いた時点で、危険な山への不安を抱き始めていたことがわかった。やはり直感は論理より早いのである。
ハーバード・ビジネススクール教授のジェラルド・ザルトマンは、人間の購買意思決定の95%は無意識のうちに行われると述べている。では、なぜ人間は過去の意思決定を振り返った時に、感情的な判断をした数多くの場面を思い出せないのだろうか。それは、顕在意識が何かにつけて理由を考え出し、潜在意識での決断を正当化しているからだ。
てんかん患者を対象としたこんな実験がある。被験者は、てんかんの発作を防ぐために左脳と右脳をつなぐ脳梁を切断された人たちだ。研究者は被験者の右脳に、「廊下の先にある冷水器まで行き、水を飲んでくるように」というメッセージを送った。被験者が立ち上がって部屋を出ようとすると、今度は反対側の左脳に「どこに行くのか」と尋ねるメッセージを送った。
左脳は(右脳と分断されているために)冷水器に関するメッセージは認識していない。果たして左脳は「分からない」と認めただろうか。答えはノーだ。「ここは寒いから、ジャケットを取りに行く」といった、もっともらしい理由をでっち上げたのだ。
自分の過去の意思決定を参考にできないとしたら、論理と感情のどちらに訴えて売り込むべきか、見極めはどうすればいいのだろう。
1つ大まかなルールを紹介しよう。単純な案件は理性に訴え、複雑な案件は直感に訴えるとよいのだ。
この結論を裏付ける研究が2011年に行われている(英語論文)。被験者の課題は、4台の中古車の中から最も良い1台を探すことだった。4台は燃費効率など4つのカテゴリーで評価されており、ある1台は傑出して状態が良い。このように変数が4つだけの“簡単な”判断状況では、情報を参考に意識的に決定した人のほうが、無意識的に決定した人に比べて15%高い確率で最良の車を選択した。
ところが、変数(評価項目)を12個に増やして意思決定を複雑にすると、無意識に決定した人のほうが42%も高い確率で最良の車を選んだのだ。大量の情報によって顕在意識に過度の負荷がかかることは、他の多くの研究でも指摘されている。
自社の製品に対する顧客の感情に影響を与えたければ、望ましい感情が湧き出るような体験を提供する必要がある。商品が複雑な場合、その価値を顧客に体験してもらう最良の方法の1つは、顧客の生きたストーリーを共有することだ。研究によれば、ストーリーは視覚や聴覚、味覚、行動を処理する脳の領域を活性化させることがわかっている(英語記事)。85枚ものスライドがあるパワーポイントのプレゼンで大量のデータを垂れ流すような営業とは、対照的なアプローチが必要なのだ。
感情に基づく判断は不合理だと決めつける前に、こう考えるとよい。感情とは、潜在意識における判断を顕在意識に伝える手段なのだ。
HBR.ORG原文:When to Sell with Facts and Figures, and When to Appeal to Emotions January 26, 2015
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マイケル・ハリス(Michael Harris)
営業活動を支援するインサイト・デマンドのCEO。日立ソリューションズアメリカ、SAP、イートン・コーポレーションなどを顧客に持つ。著書にInsight Sellingがある。