起業の初心者はこう考えがちかもしれない。デジタル事業は物理面の制約が少ないため、新たな地域市場での再現は容易である、と。しかしそれを成功させる過程では、ローカライズするためのアナログな努力が必要になる。ハーバード・ビジネス・スクールで起業を教えるウィリアム・カー教授が、その理由を論じる。
今日、起業家がグローバル展開を目指すうえで最も魅力的な機会の1つは、自国で奏功しているデジタル事業のモデルを他地域に転用することだ。特に、発展途上国がその有力候補となる。
私がハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で教える講座「リーディング・グローバル・ベンチャーズ」の受講者の数名は、ここ数年間でまさにこれを実行してきた。後に続こうと考えている学生も大勢いる。その魅力は容易にうなずける。新規のビジネスモデルを考案する必要がないし、デジタルという特性から新たな環境へのスムーズな移行が確実にできるように思える。サプライチェーンや大型の機械設備などについて心配することもなさそうだ。
だが意外なことに、新しい環境で価値を生み出すために最も重要となるのは、往々にして、デジタル事業における「非デジタルの要素」である。これは多くの場合、ビジネスモデルの転用をかなり進めてからでないと気づきにくい、隠れた障壁なのだ(あるいは後述するように、チャンスでもある)。
では、非デジタルの要素とは何を指すのか。最初の例として、HBSの卒業生レベッカ・ミングエラが2011年に起業したホテル予約サービス、ブリンク・ブッキングを見てみよう(2013年にグル―ポンが買収)。ミングエラは、米国を拠点とするホテル・トゥナイト(Hotel Tonight)の急速な成功に着目した。同社は2010年に設立された、宿を当日に予約できるオンラインサービスである。彼女は、そのビジネスモデルの転用先として母国スペインがうってつけの市場であると考えた。
ミングエラはまず、スペインの多くのホテルに対し、サービスに登録してくれるよう説得する必要があった。その主な手段は、1件ずつホテルを訪問して勧誘することだった。次に、地域住民に登録を呼びかけるために、ターゲット広告のキャンペーンを展開し、より直接的なアピール活動も行った。さらにヨーロッパ市場全体を引き付けるために、アプリを多言語化する作業も必要となった。ある時期には、ブリンク・ブッキングの従業員のほとんどが翻訳者であったほどだ。
このように列挙すると、少々意外な感じがしないだろうか。本稿の冒頭で述べたのは、デジタル事業のモデルはいかに他国で模倣・再現しやすいかであった。だがミングエラに課せられた作業のほとんどは、とてもローカルな性質のものである。
ブリンク・ブッキングの経験は例外ではない。それどころか、ビジネスモデルの模倣に関する重要かつ皮肉的な側面を示している。つまり、海外での模倣を通じて大きな価値を創出できるモデルは、ローカライズされているのだ。
裏を返せば、グーグルのような例もある。きわめて収益性の高い同社の事業は、他社による模倣がほとんど見られない。規制面の障壁がないことから、グーグルは検索技術を新たな地域や国々へやすやすと、ローカライズの多大な苦労をせずに展開できる。そのため他社は対抗したくても、未開拓地域を見つけ出すのに苦労している。
考察を深めるために、ロケットインターネットについて考えてみよう。同社の核となるビジネスモデルは、成功を収めたコンセプトをグローバルに転用することだ。最新かつ優れたeコマースのやり方を最大の未開拓市場で、現地に合わせて展開するのである。創業者のザンバー三兄弟は、10年も経たずに数十億ドル規模の帝国を築いた(そして、彼らが模倣した多くの企業から深い憤りを買った)。
同社が数年にわたって模倣してきたデジタル事業(グルーポン、アマゾン、イーベイ、イーハーモニー)は、よく見ると強いローカル性を伴っていることがわかる。ロケットインターネットの競争上の強みは、厳しい環境下におけるオペレーションの卓越性である場合が多い。たとえば、アマゾンの模倣であるeコマースの場合は、インフラの貧弱な国で顧客にきちんと本を届ける、などである。