21世紀に入り、製造業を中心とした日本企業がグローバルな競争力を失ったのは、マーケティングを置き去りにしてきたから――。一橋大学商学研究科の神岡太郎教授はこう説く。今日の環境に適応したマーケティングの仕組みを新たに構築し、全社的にマネジメントすることが、日本企業がグローバル市場で復権するための重要なポイントであり、これからはIoTやビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットなどのデジタル技術とマーケティングの融合が不可欠と語る。
マーケティングが「下請け」だった日本企業
――日本企業がiPhoneを生み出せなかった理由はマーケティングにあると指摘されています。日本企業のマーケティングの問題点を、あらためてお聞かせください。

一橋大学商学研究科教授 工学博士
北海道大学大学院博士課程(行動科学専攻)単位取得退学。1995年、一橋大学商学研 究科助教授、2004年より現職。マーケティングや情報システムが企業全体としてどう 機能するか、企業の競争力にどのように結びつくか、マーケティングとITとの関係を 研究対象とする。特にCIOやCMOについて関心がある。
広義のマーケティングを、顧客価値を見出し、あるいは創造し、顧客体験として提供することとらえると、日本企業はそこに問題がありました。
iPhoneをつくるための要素技術やパーツは20年近く前にはシリコンバレーにありました。コストの問題を除けば、当時すでにつくることができていたのです。日本の製造業の開発チームもそれほど後れを取らずに似たような試作品をつくっていたはずです。ただ、日本ではiモード機能を搭載した世界最高水準のガラケーをつくり、お客さんはそれで満足していると理解していました。市場調査の表面的なデータからは、お客さんがスマートフォンにあそこまで反応するとは想像できなかった。顧客を理解し、顧客価値を見出す能力、顧客体験をデザインする発想がなかったのです。
ただし、日本人がマーケティング能力において他国に劣っているとは思いません。むしろ、日本人の観察力や細部をくみ取る能力には優れたものがあります。にもかかわらず、顧客価値を見出せなかったもう一つの理由は、マーケティングを仕組みとして機能させてこなかったことが挙げられます。マーケティング活動の要素はあるけれど、それぞれがバラバラに動いていて、全社的なシステムとしてつながっていません。
たとえば、今日、デジタル技術の発展により、さまざまなデータが容易に入手できるようになりましたが、各事業部門がバラバラに入手しているにすぎません。市場調査室があったとしても、Aブランド、Bブランドがそれぞれ調査を依頼し、調査の仕方も標準化されていないので、そこで得たデータは統合できませんし、バラバラに依頼しているから調査内容が重複しているケースも多い。ビッグデータ以前の問題がそこにはあるのです。
もう一つ、根本的な問題として、日本企業はマーケティングを軽視してきたことがあります。製品や技術そのものが価値の中心で、マーケティング部門に期待されるのは、それをお客さんに伝えることでした。「下請け的マーケティング」と私は呼んでいます。ところが市場は成熟し、技術的に高度なものをつくれば売れる時代はもはや終わりました。市場とのキャッチボールを通じて顧客価値を見出し、R&Dに反映させていくような仕組みづくりが企業にとって大きな課題となっています。
加えて日本企業は、マーケティングのガバナンスが効いていません。ローカル市場のマーケティングと本社のマーケティングの連携が取れていないので、非効率が生じています。ローカルと本社の役割分担もはっきりしていないため、本社が不必要に介入したり、逆に放任主義に陥ることもたびたびです。各ローカルでの有益な経験を抽出し、横展開を図るのが本社のマーケティングの重要な役割の一つですが、現状ではほとんどできていません。