「経営者になりたい」という読者への回答は?
本書の11番目の相談は、「『プロ経営者』にどうすれば最短距離でなれますか?」(94頁)という内容です。これに対し、楠木先生はのっけから「率直に言ってあなたは『怠け者』です」と問題点を指摘します。最小のコストで成功する「法則」や「方程式」を求める発想をまず問題視します。その上で仕事とは他者の役にたつことだと強調し、「経営者になりたいというのは、あなたの私的な欲ではないか」と推論し、「ひたすら自分を向いた思考と行動」だとこの方の問題的を浮き彫りにします。経営者になりたいという前に、自分の働く目的が見えていないのではないかと。そしてこのような思考の「幼児性」の典型だと追い打ちをかける。最後は、『「ああ、そう言えば、二年半前にハゲがあんなことを言ってたなあ」と思い出していただければ幸いです」と締めます。
どの項目もこのような展開です。もし自分がこの短い文章を読んだらどんなことを返すだろうか。その人の背景も十分にわからない限られた情報から推察するしかない。自分なりに考えながら読んだのですが、自分の洞察の浅さがその度に身に染みるほど、楠木先生の回答は限りなく深く濃厚です。しかも巧妙な文章で。まるで推理小説を読むように、考えながら読み進め、最後はどんでん返しのような本質的な回答で気持ちよく裏切られる結末。思考力を試される面白さです。
経営学者としてビジネスパーソンから多大な人気を誇る秘訣は、単に経営学の知識や企業の事例をよく知っているからではなく、どこまでも深く考える思考力であることがよくわかりました。キャリアの悩みがある・ないに関係なく、「考えるとは何か」をこの本から学べるはずです。(編集長・岩佐文夫)