「溺れた経験」から学んだ教訓

 ジョン・チェンバーズが流れを泳ぎ切るための教訓を初めて学んだのは、わずか6歳の時のことだった。父と釣りに出かけた折、急流に転落して、川に飲まれてしまった。水中でもがいていると、父の叫び声が聞こえた。「あの棒につかまれ」。彼は落ち着き、言われたとおりにした。

 父は急いで土手を駆け降り、川に飛び込むと、幼いジョンを川のなかから救い出した。ジョンはその時、流れに逆らわず、陸地を見つけ、そこまで流れに身を任せるよう、注意を受けた。

「私は激しい流れに畏敬の念を抱いたと同時に、それは恐れるに足りないことだと学んだのです」と、チェンバーズは語る。

 1984年に設立されたシスコシステムズは、インターネット・ネットワーキングと通信機器の世界最大手だが、過去には「溺れる寸前」の状況も経験している。2000年のネット・バブル崩壊後、シスコは、正社員約8000人の解雇、そして請負業者とベンダーの整理を余儀なくされ、20億ドルの評価損を計上した。これはトラウマになるような経験だったが、チェンバーズは陸地を見つけ出し、すかさず会社を立て直した。彼はまた、この時の教訓からも学ぶこととなった。

 チェンバーズは、2009年1月にはCEOに就任して丸14年となるが、この苦境を切り抜けてからは、低迷期を乗り切り、長期的な動向を読み、「市場の潮目」を見極めるうえで類稀なる能力を発揮してきた。市場の潮目とは、彼の定義によれば、一般的な方法では予測できないIT市場の底流であるという。

 90年代後半以降、チェンバーズとシスコ経営陣は、ライバルに先駆けて新興市場とネットワーク関連技術の発展を察知し、昨今の景気後退期にあっても、シスコをうまく舵取りしている。

 しかし、シスコは未来をどのように見ているのだろうか。トレンドを予測し、迅速な投資を可能ならしめているコミュニケーションとプロセスとは何だろうか。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌のシニア・エディター、ブロンウィン・フライヤーと編集長(当時)のトーマス A.スチュワートによる2回にわたるインタビューのなかで、チェンバーズはみずからが考えるところを披露してくれた。以下は、それをまとめたものである。