「良い裏切り」と「悪い裏切り」は紙一重
最後の「期待を裏切る」とは、特集テーマから読者が想定しえない内容を入れるということです。難しいのは、良い裏切りと悪い裏切りが紙一重であることです。「悪い裏切り」は文字通り、読者の問題に何も示唆を生まない、思考を邪魔してしまうものです。逆に「良い裏切り」とは、読者の問題意識が広がることです。考えていた問題が解決に近づくというより、さらに考えたい問題が出てきた。いい意味での思考の広がりを促すものです。一見テーマと距離のあるようなものを提示し、読んでみると新しい視界がひらけるようなもの。読者の期待という円から離れたところのものを提示することで、その円とのつながりからまったく新しい連想を生むような仕掛けをしたいと思っています。これは非常に難しく、離れすぎると連想がうまれず、近すぎると元の範疇に収まってしまいます。離れすぎて失敗すると「なんでこれが特集テーマと関連するのか」と思われるリスクが高いです。
今号の「コーポレートガバナンス」特集は、自分でもこの「沿う・超える・裏切る」の3つが高い次元で達成されたのではないかと感じました。現在のガバナンス論の契機となったのは、いわゆる「伊藤レポート」ですが、その中心を担った一橋大学の伊藤邦雄先生にインタビューしました。これはまさに「期待に沿う」企画と位置付けています。インタビューでは聞き手として伊藤先生のお話しを引き出すことで「期待を超える」ことを狙いました。マネックスの松本大さんには、機関投資家中心で語られるガバナンス論に、個人投資家の意義を提唱してもらえれば、読者に期待以上の視点を提供できるのではないか。そう考えました。
そして、「ほぼ日」の糸井重里さんのインタビューですが、弊誌ハーバード・ビジネス・レビューと糸井さんのイメージが結びつかず、「あれ?」と思っていただければ「裏切り」のスタートは成功です。個人事務所から「ほぼ日」を育てあげ、いまや上場を視野に入れる糸井さん。多くの企業を見てきて、企業の自由さも不自由さも熟知されてこられたと思います。その糸井さんが、なぜあえて上場を考えるのか。そこにガバナンスから本質論が見えるのではないか。そんな思いでインタビューを企画しました。実際の糸井さんのお話しは、株式会社の原点を考える契機になりました。これを読まれた方は違和感があったでしょうか。思考が広がったでしょうか。「良い裏切り」となったか否かは、読者に委ねたいと思います。(編集長・岩佐文夫)