日本が誇る映画・音楽・漫画・アニメ・ドラマ・ゲームなどのポップカルチャーは、もはやものづくりに匹敵する競争優位性として、官民挙げて海外展開が推進されている。こうしたソフトパワーとIoT、ビッグデータ、AIがつながることで、日本独自のイノベーションを起こすことができるのではないだろうか。一貫してコンテンツの重要性を説いてきた慶應義塾大学大学院の中村伊知哉教授に、ポップカルチャーとデジタル技術の融合がもたらす日本の未来について語ってもらった。

IoT時代の始まりは1万年に一度の大転換期

――かつてインターネット政策を担当された立場から、昨今のIoTをはじめとしたデジタル技術の進展をどうご覧になりますか。

中村 伊知哉(なかむらいちや)
慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授
1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し、渡米。1998年、MITメディアラボ客員教授。2002年、スタンフォード日本センター研究所長。2006年より現職。内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会会長をはじめ、社団法人「CiP協議会」理事長、「デジタルサイネージコンソーシアム」理事長、ミクシィ社外取締役、吉本興業顧問など多数兼務。

 一連のテクノロジーを二つの観点から見ています。一つは「デジタルの歴史」という観点。そこに立つと、現在、三つ目の大きな波が押し寄せている最中ということになります。一つ目の波は25年ほど前に始まったデジタル化で、パソコンとネット、コンテンツの三つのデジタル化でスタートしました。この波はビジネスに大きな変化をもたらしましたが、まだまだプロフェッショナルに限られた世界の話でした。だれでも参加できるデジタルの民主化を推し進めたのが二つ目の波。10年ほど前から始まったスマート化で、スマートフォンとクラウド、ソーシャルメディアの三つを中心に広がっていきました。そして三つ目の波がIoTやAIなど、現在の一連の動きです。

 もう一つの観点は、「情報とコミュニケーション」です。IoTやAIを「デジタル」という括りではなく、情報伝達の手法という観点からとらえ直してみるわけです。

 人類が最初につくった情報伝達の手法は壁画だといわれています。その始まりは約1万8500年前、スペインのアルタミラ洞窟に牛やイノシシなどさまざまな動物の壁画が描かれたのが最古です。それからおよそ8500年後に文字が発明され、さらに8000年経った570年前にはグーテンベクが活版印刷機をつくりました。この頃から文字文化が大衆化し、情報伝達の手段は多様化していきました。電話が誕生して120年、テレビが普及して60年、インターネットが一般化して20年くらいになります。

 このように情報伝達の歴史で見ると、インターネットはグーテンベルクの活版印刷機以来続いたコミュニケーションの形を変えたといえるでしょう。何しろ、どこにいる人とでも、簡単に、しかも無料で情報が共有できるようになったのですから。これは数百年から1000年に一度くらいの大きな変化でしょう。

 しかし、IoTはレベルが違います。それは1万年に一回くらいの大変化、人類史を前期と後期に分けるくらいのインパクトがあります。というのは、これまでは情報伝達手段がどれだけ発展しても、コミュニケーションをしているのは人と人でした。ところが、IoTでは、ものとものがコミュニケーションを図るうえに、ものがどんどん賢くなる。こんな時代は歴史上一度もありません。

 ですから、それが文化や経済、社会、人々の考え方に、どのような影響を与えるか現時点では皆目見当がつきません。私たちは1万年の転換期の入口に立ったばかりなので、10年経ってみてもわからないでしょう。100年くらいたって、ようやくおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか。