早稲田大学ビジネススクールの教授陣がおくる人気連載「早稲田大学ビジネススクール経営講座」。18人目に登場頂くのは金融機関の経営、コーポレートガバナンスが専門の川本裕子教授だ。「実践コーポレート・ガバナンス」をテーマに、全4回でお届けする。
 

コーポレート・ガバナンスの「実質化」に動く理由

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川本 裕子(かわもと・ゆうこ)
早稲田大学ビジネススクール教授。 東京大学文学部社会心理学科卒業。オックスフォード大学大学院開発経済学修士課程修了。東京銀行、マッキンゼー&カンパニー東京支社、パリ勤務等を経て現職。
現在、三菱UFJフィナンシャルグループ非執行取締役、東京海上HD社外監査役、トムソンロイタートラスティディレクターを兼務。これまでに金融審議会委員、金融庁顧問(金融タスクフォースメンバー)、内閣府統計委員会委員などの政府委員や、取引所・銀行・証券・製造業・IT企業・商社等の社外取締役を務めてきている。

 企業経営の根幹に関わる仕組み、「コーポレート・ガバナンス(企業統治)」は日本企業が抱える課題とともに進化してきた。さまざまな法制度やルールも変容を遂げてきている。しかし、特にここ2~3年の「実質化」をめざす動きは、これまでになかった広がりの議論を巻き起こしている。日本企業を取り巻くコーポ―レート・ガバナンスの現状を整理し、今後取り組むべき課題を考えてみたい。

 企業経営のあるべき姿とは、企業が法律やさまざまなルール順守の下で収益を得てマルチステークホルダー(株主・顧客・従業員・取引先・地域社会等)の満足を得ていることと定義できる。企業統治の目的は、こうしたあるべき姿に向けて企業価値を持続的に向上させることにある。

 言うまでもなく、グローバル競争やネットワーク化がもたらす不確実な技術変化の中で企業価値を向上させるのは容易なことではない。未来を切り開くビジョンを掲げ、組織を統率するリーダーが必要だ。しかし、どれだけ優れた経営者も、独断専行・客観性を欠く判断・利己的といった弊害に陥る危険がありうる。つまり、リーダーシップと効果的なチェック&バランスが現代の企業統治の世界共通の課題だ。

 これに加えて日本企業の抱える課題がある。まず、収益性だ。日本企業の収益率は国際的に見て高くない上に、趨勢的に低下している。バブル期の後、多くの日本企業の業績低迷が続いている。たとえば、2015年までの5年間の世界主要企業の資本収益率(ROE)平均を比べると、世界平均が11.5%、米国14.2%、英国12%、中国13.6%であるのに対し、日本は7.0%である(各国主要株価指数採用銘柄で比較)。

 戦後長く続いてきた株式持ち合いに代わり、機関投資家等が投資家としての比重を高めていることも背景として見落とせない。年金基金が適切なリターンを求める動きを強めるのは、高齢化社会としては自然な進展なのだ。