個人が感じる経済的不安は、身体的な痛みを助長する――この相関が研究によって示された。リーダーと組織に、個々の従業員に「コントロール感」を与えることの重要性を教えてくれる。
米国における「痛み」の問題は、危機的な状況にある。鎮痛剤の消費は2006年から2012年にかけて50%増加した。最近のある推計によると、身体の痛みが米国経済にもたらすコストは6350億ドルにも達し、これは20年前の10倍であるという。
時を同じくして、米国では経済不安が最大の政治課題となった。所得格差の拡大、経済的絶望感の広がり、そして中産階級の衰退が原因である。
こうした経済的痛みと身体的痛みは相互に関連して強め合う。これを示唆する証拠が増えている。筆者らは、実験室と実社会の両方における多数の調査研究を通じて、人々の経済的不安が身体的苦痛につながることを見出した。家計消費データの分析、アンケート調査、および対照実験によって、双方の因果関係が示されたのである(英語論文)。
ある調査では、米国の2008年における3万3720世帯の消費パターンを分析し、世帯主(head of household:未婚で子どもや親を扶養している人。日本の世帯主とは異なる)の雇用状況を調べた。次に、各世帯が市販の鎮痛剤に使った累計額を調べた(消費への影響要因、たとえば世帯規模、年齢、風邪薬やインフルエンザ治療薬の使用などについては調整)。その結果、世帯主の少なくとも1人が雇用されている世帯に比べて、誰も雇用されていない世帯は、市販の鎮痛剤に使った金額が20%多かったのである。
同様の別の調査では、対象者に住んでいる州の失業率を伝え、各自の雇用状況について質問した。その後、「現在どの程度の身体的痛みを感じているか」を尋ねた。ここでも、対象者の雇用状況と身体的痛みには関連が見られた。さらに、失業率が高い州に住んでいるという事実を告げるだけで、身体的痛みが誘発されたのである。
これら2つの調査により、経済的不安と身体的痛みには正の相関関係があることが確認された。そこで筆者らは、因果関係の方向性を確かめるため、実験室での実験に取り組んだ。
一連の実験ではランダムに選んだ一部の参加者に、経済的不安を回想および予期してもらった後、身体的痛みを測定した。結果はやはり同様だった。経済的不安感が高まっている心理状態にある人は、それをどう誘発されたかにかかわらず、より強い身体的痛みを体験するのである。
経済的不安が痛みをもたらすとすれば、それは「痛みへの耐性」をも弱めるのではないだろうか? それを確認するため、まず学部生たちに冷たい氷水に片手を浸してもらい、できるだけ長い間そのままでいてもらった。これによって、痛みへの耐性の基準値ができる。
続いて学生たちは、間もなく直面することになる求人市場において、自分の大学の学位にどの程度価値があるのかを知らされた。ランダムに選ばれた半数の学生は、この大学を出ていれば経済の低迷期でも就職できると刷り込まれた。残り半数は、この大学の学位を持っていてもほとんど価値はなく、就職できない、あるいは能力に見合わない職しか見つからない可能性が高い、と刷り込まれた。
いずれのグループも同じ大学であり、上記の操作を行う前には痛みへの耐性は同程度だった。しかし、今後の経済的不安を誘発された後者のグループは、痛みへの耐性が25%下がったのである。一方で、経済的に安定するだろうという期待感は、耐性に影響を与えなかった。