成熟した日本経済で求められているのが、まったく新しい製品やサービスを生み出す「ゼロ・トゥ・ワン」の発想です。しかしこの発想は、既存事業を持続性あるものにするためにも、いままさに必要とされる。
グローバル会議で感じた、伝統と革新
先月、Harvard Business Review(HBR)のグローバル会議があり、パリに行きました。HBRは、創刊90年を超える雑誌で、現在13か国語のローカル版があり、日本のDAIMONDハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)もその一つです。
HBRのグローバル会議では、世界中の編集長が集まり、HBRの方針や今後の方向性を確認するとともに、各国の状況を共有する場でもあります。それぞれの国のHBRは、同じ雑誌と言えども、経済状況や国民性の違いから異なる展開をしています。そして、今回感じたのは成熟度の違いです。
現在HBRを発行しているのは、欧州では、ドイツ、フランス、ロシア、イタリア、ポーランド、トルコ、中国、台湾、韓国、日本、ブラジル、UAE、インド(英語版)です。このうち、最も歴史の古いのが、日本で今年で40周年。それにドイツが続きます。最も新しいのは、今年から加わったUAE(アラビア語)で、また意外ですがフランスでの発行は数年前です。
HBR発行に歴史ある日本とドイツは、先進国として、また市場規模の点でも共通点があり、ともに自国で一定のプレゼンスを築いています。成功体験もあれば失敗体験もある。それらを経て、いまそれなりのビジネスを展開しているわけで、他国からのロールモデルにもなっています。
しかし、今回のグローバル会議で気がついたのは、新しくHBRに加わった国ほど、斬新なアプローチで発展させようとしていることです。いま起こりつつあるメディアのデジタル化は世界共通で、雑誌ビジネスはジャンルや国を問わず、紙媒体のあり方根本の見直しが求められています。その明らかなトレンドに対し、UAEや韓国、フランスは、非常に積極的な取り組みをしているのです。SNSを使った読者とのインタラクティブも進んでおり、また韓国では動画配信が、どの国より進んでいます。
一方の私が担当するDHBRやドイツ版は、彼ら、UAEや韓国に比べると、明らかにデジタル化への移行のスピードが遅いと言わざるを得ません。休憩中にドイツの編集長にこのことを話したら、彼も同じ感想でした。
「僕らこそ、彼らから学ぶべきだ」とドイツ版編集長も言います。
築いてきた歴史があり、それなりに順調に事業が進んでいる。築いてきたものがあるだけ、新しいことに慎重になっている自分の立場をよく理解できました。
翻って考えると、HBRを初めて刊行しようとゼロから1に取り組む姿勢は、まさしくベンチャー精神です。UAEや韓国の出版社、そして編集者は、その挑戦をしようとHBRを立ち上げたのです。そして、いまの現実を踏まえたら紙の雑誌以外のあらゆるツールを使って読者の期待に応えようとします。
クリステンセンが指摘する成功者の罠。日ごろ、自分の紙面で読者に主張するイノベイティブな発想とそれを実現するリーダーシップは、まさに自分が求められている。そして、日本で初めてHBRを発行しようとした人たちは、きっといまのUAEや韓国の人のようなチャレンジングな気持ちをもって、この雑誌を日本に根づかせたのです。
ゼロから1をつくるマインド。それは、既存の安定した事業を今後も持続的な形に変えていくためにも必要なマインドなのです。(編集長・岩佐文夫)