破壊の波にさらされるニューヨーク・タイムズで、革新を起こすために雇われた起業家の感想記。新聞社の内外両面から彼が見て感じた、大企業に欠けているものとは?
2013年から2015年にかけて、私はニューヨーク・タイムズで勤務した。役割は、チームを率いて収益力のある新商品を開発・販売して成長させ、会社の業績回復に貢献することだ。世界各地の新聞社と同様に、同社の収益も、たえざる新技術の波によって危機にさらされていた。
私はその2年間で、強い使命感を持つ偉大な企業が、21世紀に適応すべく尽力する様子を目にして、その一翼を担った。同社は創業以来、イノベーションと新たな成長への道を初めて真剣に模索していた。私のように、主にスタートアップの世界で仕事と共同創業の経験を積んできた者にとっては、重大で刺激的な取り組みだった。
この試みは、明らかな失敗に終わる。私が関わった2年間の最後には、新たな収益源として立ち上げた3商品のうち2つが、エンゲージメント向上のための無料サービスへと変更された。3つ目の商品は完全に廃止。新商品に関して見込みのある計画は進んでいなかった。
ただし、この挑戦自体が完全に失敗だったわけではない。1つの企業が、真の意味で革新的になるために必要なものを、いかに必死で見出そうとしているのか――3つの商品は、この大きなストーリーの一部なのだ。
在職1年目の当時、ニューヨーク・タイムズは起業家精神にあふれる人材を見つけることに注力していた。私が雇われたのもそのためだ。共同創業の経験者を採用することで、社内に起業家のDNAを取り込もうとしたのである。この年は、起業家精神、リーンアプローチ、仮説検証などがさかんに議論された。
ところが、私の在職2年目には新商品の目標達成が不可能なことが判明。するとニューヨーク・タイムズは、「成長志向のリーダーシップ」を形成するという目標に切り替えた。我々は新しい施策を評価するための幹部会を設け、そこにベンチャーキャピタル的な考え方を取り入れようと試みた。会議の場では、商機の大小の見極めやリスクの評価について話し合われた。
大企業でのこうした取り組みは珍しくない。当時、多くの企業が同じような「目覚め」を経験していた。すなわち、起業家精神にあふれた社員、そしてベンチャーキャピタル的な思考を備えた経営陣の必要性に気づき始めていたのだ。私が去る時点で、ニューヨーク・タイムズはそれらに大きく成功していたわけではないが、その必要性を十分に自覚し努力していた。
しかし同社でも、また企業社会全体においてもいまだに欠けている、第3の要素がある。それは「エコシステム」という考え方だ。