年間60日をスキーにあてるという星野リゾート代表の星野佳路さん。仕事から離れる時間にこそ、中長期的なことを考えられるという。日頃の意思決定で重視しているのは、深く考えるために心身のコンディション。オンもオフもすべての時間は、思考の質を高めるためによいコンディションを整えるためにあると言う。(構成・新田匡央、写真・鈴木愛子)

スキーの時間と社員研修の準備が
考えるための貴重な時間

編集長・岩佐(以下色文字):経営者は短期的課題に関する決断や長期的方針についての意思決定など、考えなければならないことが多いものです。星野さんは考える時間について、どのように意識されていらっしゃるのでしょうか。

星野(以下略):特別に意識したり、無理に「考える時間」として時間を確保したりはしていません。私は趣味のスキーのために、年間60日を使うことに決めています。その時間が、さまざまなことを考えるうえでの貴重な時間になっています。

 私と似たようなことを言う経営者は、意外と多いようです。私はトライアスロンが苦手で、自分ではやろうと思いませんが、それで、トライアスロンをしている人に、その動機を聞いたことがありました。すると、泳いだり走ったり自転車を漕いだりしている間に、新たな発想が浮かぶというのです。

 私がスキーをしている時間は、それと似た感覚かもしれません。ゲレンデに立って雪を眺めている時間、急斜面のコブを攻めている時間、あるいは宿泊施設に滞在している時間などは、普段の仕事の環境から離れた時間になります。その環境が、中長期的なことを考えるうえでいい時間になっているのだと思います。

あえて仕事から距離を置いて考えるということですか。

 あえて距離を置いているわけではありませんが、仕事から離れることがプラスに作用しているのは間違いありません。たまたまスキーが趣味で、たまたま年間60日ゲレンデに立つと決めていて、たまたまその状況が仕事との距離を生んでいて、たまたまその時間が考える時間になっている。そういうことだと思います。スキーが趣味でなければ、何かしらそういう機会を作っているかもしれませんね。

 それ以外にもうひとつ、考えるためのいい時間になっているのが「全社員研修」という社内イベントです。これは年に1度、各宿泊施設を私が巡回し、その施設で働く社員に向けてメッセージを伝えるというイベントです。たとえるなら「巡業」「コンサートツアー」のようなもので、1990年代の前半に社長に就任して以来、ずっと続けています。全社員研修のときは、各宿泊施設を休業してまでおこなってるんですよ。

どんなことを話されるのですか。

 全社員研修で話す内容は、よくある経営方針の伝達や予算達成の叱咤激励ではありません。題目は自由。毎年、私が好きな話をしています。好きな話といっても、内容を考えるのはたいへんです。毎年11月ごろから「巡業」がスタートしますが、内容を考えるのは夏ごろから始めます。私にとっては、この機会も中長期的なことについて考えるいい時間になっています。

 講演、社内研修、プレゼンなどの原稿を、スタッフに作らせる経営者は多いようです。でも、私は細部まですべて自分が関わります。何を伝えるのが今の星野リゾートにとって大事なことなのか。社長室のアシスタントと2人で作り込んでいきます。この準備のプロセスが、考える時間として大事な時間になっていますね。