想定外の状況で力を発揮するのが「土壇場力」である。しかし、そもそも計画性のある人は、日頃から最悪の状況を回避する力があり、あらゆる事態を想定しておくことでいざと言うときの解決策も持ち合わせる。火事場の馬鹿力に頼る危険について。

 

火事場の馬鹿力に頼るのは弊害が多すぎる

 仕事を早め早めに済ませる人と、期限ぎりぎりにならないと火がつかない人がいる。私は明らかに後者であり、毎回綱渡りのような日々を送っている。先日もプロジェクトのスタート前日にやっと関係者の合意が得られたということがあった。また直近ではスケジュールを1週間見誤っていたことから、特急の仕事に追われるという始末であるが、締切りはどうにか間に合う(はず)である。

 このような仕事を繰り返していて身につくのは、土壇場力である。切羽詰まった状況に、よい意味でも悪い意味でも慣れているので、置かれた状況に不安はなく、打開に向けて集中することができる。

 一方で、この繰り返しによる弊害は明らかに大きい。一緒に仕事をする人にも、特急の作業をお願いすることになり本当に申し訳なく思う。事前に処理していれば簡単に終わることも、ぎりぎりのタイミングとなると余計なプロセスとコストが発生する。日常的にこの仕事のやり方をされると周囲はついてこれないであろう。また、紙一重の状況での仕事は、リスクが高く、誰かが風邪をひいたというだけで締切りに間に合わない可能性は十分にある。土壇場力の代償はあまりに大きく、どう転んでも正当化できない仕事の進め方である。

 先日の反省から、仕事をいつも早めに終わらせる人に聞いてみた。Aさんは、急に依頼した仕事もほぼ間違いなくこちらのリクエスト通りの期日に仕上げてくれる。この人になぜ急な仕事に対応できるのかを聞くと、少し考えて「普段の仕事を余裕を持って組んでいるからかも」と。つまりその気になれば、もっと短時間で普段の仕事を終えられるのだ。計画的に仕事を進めることで、高い生産性を誇っているのである。

 いつもレスポンスの速いBさんに聞いたら「明日死んでしまっても他の人が困らないように考えている」と。この返事にも驚いた。極端なまでの悲観した想定と、他人に対する誠実さがにじみ出ている。

 結局、仕事の早い人は慎重さを兼ね備えているのだ。そういえば、成功した経営者にお話を聞くと、ご自身のことを「心配性」「小心者」と表現する人が多い。大胆な事業構想で企業を急成長させてきた猛者たちの言葉である。その間、危機一髪の状況も経験してきたであろうし、修羅場の数々も経験してきた人たちである。聞くと「心配だから早めに解決しようとする」「小心者だから、あらゆる想定を考えて決断する」とおっしゃる。

 新しい事業やビジネスモデルを実現させるプロセスには、さまざまな未知なる状況に遭遇する。これらを打ち破るのに必要な力は、本質的に火事場の馬鹿力で鍛えた「土壇場力」ではないかもしれない。

 慎重かつ入念な仕事の組み立て、常に前倒しして変化に備える余白を残す姿勢。これらを積み重ねてこそ、想定外の事象や困難な障壁を乗り越える力が生まれるのであろう。言い換えると、仕事の生産性を高めれば高めるほど、新しいことへチャレンジする「余剰資源」が生まれるのだ。

 より仕事で価値を上げたいと思うのならば、普段の仕事をいかに短時間で片づけることができるか。その上で、新しい事業を構想する「大胆さ」が初めて問われるのであろう。(編集長・岩佐文夫)