1996年に発表された概念「イノベーションのジレンマ」は、いまなお多くの経営者が話題に上げる。出てきては消える経営用語の中で、なぜいまなおこの言葉が注目を集めるのか。
この20年で最も影響力を与えた理論
「スタディサプリ」(当時は、「受験サプリ」)を開発した現リクルート・マーケティング・パートナーズ社長の山口文洋さんは、サービス構築の段階で、「イノベーションのジレンマ」の概念が念頭にあったと言います。
僕らのようなメディアの人間にも責任の一端がありますが、新しい経営用語が毎月のように世に出ます。古くはリエンジニアリング、BOP、カスタマーリレーションシップ経営、ワン・トゥ・ワン・マーケティング、アジャイル経営、コアコンピタンス、など枚挙に暇がありません。これらの言葉が示す概念は決して色褪せないものも多いですが、常に新しい言葉に入れ替わっていく。この現象にうんざりしている人も多いと思います。
そんな中、1996年に登場した「イノベーションのジレンマ」という概念は、いまなお多くの人の頭から離れず語られ続けています。この20年間に登場した経営用語の中で最も影響力を及ぼした概念と言えるでしょう。
この概念を提唱したのは、ハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン教授。既存企業が顧客の要望に沿うように製品の高機能化を進める中で、ローエンド市場に新規参入した企業に、市場を奪われるという現象を表現した言葉でした。クリステンセンはこの現象を、コンピュータのハードディスク業界の事例を元に説明しました。製品の高機能化は高付加価値につながると信じられていた当時、この理論は衝撃的でした。一方で、事例が示すように、ローエンド市場から市場のルールが変わる現象がみられるようになったこともあり、この理論は説得をもって受け入れられることになりました。
それから20年たったいま、「イノベーションのジレンマ」現象は、あらゆる業界で確実に増えています。しかもその進行速度が速い。Airbnbが受け入れられたのも、ホテルのような安全性と快適性がなくても、安くて気軽に泊まれる需要を満たしたことです。機能では圧倒的に劣るスマートフォンのカメラが、これだけ受け入れられた理由もそうです。外食業界では、座席やサービスの質を下げ低価格で本格的な料理を提供するお店が登場しました。
今後、デジタルネットワークの力で、さまざまな製品やサービスでこのような破壊的イノベーションが随所で見られるでしょう。
優れた理論は事例を超えて語り継がれる――イノベーションのジレンマはその典型なのではないでしょうか。弊誌DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューは今年創刊40周年を迎えます。これまでの知見をいまに紹介するとすれば、何が相応しいか。このような議論から、今号の特集は「イノベーションのジレンマ」となりました。こちらもお読みいただければ幸いです。(編集長・岩佐文夫)