この方、仕事はしていませんが人望があるので、いまだに後輩が仕事の相談事をされに来られるそうです。自分は確かに経営者として、運もよくうまくできた。でも、自分がやってうまくいったことで、自分のキャラ(特性)だからうまくいった部分を見極めたいのだというのです。「じゃないと、役立つアドバイスができないでしょ」と仰ります。

 この方が考えておられることを数式的に表現すると、

 自分がやった経営手法 - 自分のキャラ = 一般に通用する経営原則

 となるのです。つまり、自分がやって成功したことでも、誰がやってもうまくいくとは信じておられない。もっと言うと、この方は経営とは属人的なスキルが入り混じったものであると理解し、現役時代、一般論に惑わされず、常に自分の頭で考えて経営されていたということです。

 経営における属人性をどれだけきれいに排除できるかが、経営が「理論」に変わるターニングポイントです。圧倒的な業績を誇る柳井正さんのやり方を真似ても、うまくいくとは限らない。人を育てるのに、褒めるのを常套手段にする人もいれば、ハードルを上げ続ける人もいる。人前で叱る人もいれば、個室で叱る人もいるし、叱らずに気づかせる人もいます。人の数だけ方法論があるなか、人が他人に経営のアドバイスをすることほど難しいものはありません。

 それはアドバイスする側もされる側も同様にリテラシーが求められます。

 少なくても、この方は経営における属人性の存在を明確に意識されておられるのです。

 これは誰もが応用できる教訓でしょう。部下や後輩に仕事を教えたり、アドバイスする際、自分がうまくできた方法を伝授する。これでさえ、当の後輩に役立つアドバイスとは限りません。自分がやってうまくいったことから属人的だった部分がどこだったか検証してみる。この作業は、自分がいま担っている仕事の成長にも役立つのではないでしょうか。それは自分の属人性がどう、強みとなるか弱みとなるかが分かることで、自分ならではの効果的なやり方をいち早く習得できるからです。

 仕事には属人性が付きもの。まずは論理的に考えて最適なやり方を考える。その上で、自分の強みを利かすと、自分ならではの価値を生み出せるに違いありません。(編集長・岩佐文夫)