「誰もがふさわしい場所」をつくるための
徹底的な仕組みづくり
「誰もが受け入れられる」食堂であるためには、高価格帯であるはずはない。手頃な値段で、誰もが受け入れることのできる食事を提供するには。そのために著者は徹底的な効率化と仕組みづくりでオペレーションが回る店を目指す。コストの大きな要因である人件費は最小限にするため、基本的に人を雇わない。そのためには厨房を含め、まるでトヨタの工場のような作業の最適化を模索する。食材のロスを究極的に減らせば原価率はあがるが、効率化を追求するだけで、「誰もがふさわしい場所」になるわけではない。食器や店舗のデザインもその実現にこだわるためであり、決して安く済まそうという考えだけではない。
このコンセプトから生まれた仕組みが、「まかない」である。これはお金がなくても50分お店で働くことで、1食無料になる仕組みである。さらに50分働いた人は、その1食の権利を見知らぬ他人のために、店に置いていくこともできる。これは「ただめし」と呼ばれる。夜はお店にある食材の中から、お客は好みの料理をオーダーすることができる。これが「あつらえ」と呼ばれていて、究極のカスタマイズでもある。
著者は開業までの1年4か月で、6つのお店で修業をする。その中には、サイゼリアや大戸屋も含まれるが、これらのチェーン店でも実際に働き、その優れた仕組みを学んで、とことん活かして作り上げたのが、未来食堂の仕組みである。
徹底した合理的思考と、新しいオープンな思想が融合された姿が、未来食堂であり、その試行錯誤のプロセスがありのまま学べるのが本書である。
この未来食堂のあり方は、経営の未来を予感させる。それは市場の競争の概念を「共創」に変えるのではないか。経営ノウハウの公開は「競争」原理の前提であり、そこには競争優位を築くための差別化がある。しかし未来食堂は、それらを放棄したかのように公開することで、市場の中に学び合い進化し合う仕組みを導入するかもしれない。よいものを他の人に紹介したくなるのが、人間の根源的な欲求であれば、この未来食堂は実に自然な姿を経営に持ち込んだことになる。これによって、この店はどうなるか。著者も本書で不安を口にはするが、自分の店もさらによくすることで新しい知識を次々と生み出そうという意思と自信が垣間見れる。
本書がつきつける、もう一つの経営の未来は企業の境界線である。前述のように「まかない」では、時にはお客も従業員のように働く。また同店は、飲料の持ち込みを可とし、その代わり半分は他のお客さんに提供する「さしいれ」という仕組みもある。これは、まさにお金の大家であるサービスの提供者と受け手との境界線がない発想だ。共助の仕組みを回す舞台として、未来食堂が「企業」の形態で存在するのに過ぎないのではないか。
オープンな仕組みは、多くの賛同者の共感を集める。未来食堂もいまや人気店となっており、この仕組みが今後多くの業界、さらに大規模な企業で広まるかが楽しみだが、本書はそんな未来の経営の在り方を考える恰好の一冊である。