先ほどから、ケイパビリティという言葉が頻繁に出てきますが、日本での解釈はあいまいな部分があると感じます。改めて、ケイパビリティを定義していただけますか。
ケイパビリティとは、企業の持つ組織、ツール、システム、知識などを組み合わせることで、具体的なアウトプットを生み出す組織的な能力を意味します。
私たちが調査・研究した成功している企業14社は、複数の重要なケイパビリティに優先順位をつけていました。私たちはこの行為を「ケイパビリティ体系を形成する」と呼んでいます。企業が持つ複数のケイパビリティは相互に機能を果たし、消費者の期待を実現するために必要不可欠な手段になっているのです。
ということは、リーダーに求められるのは、優秀な人材などの限られた経営資源を企業のケイパビリティとして一つに組み合わせる能力ということでしょうか。
その質問に答えるには、ケイパビリティに優先順位をつけて、ケイパビリティ体系を効果的に機能させている企業の実例を紹介したほうがわかりやすいかもしれません。
それらの企業のリーダーは、自社のケイパビリティを「成長エンジン」と説明しています。戦略はマーケットの期待と企業のケイパビリティの組み合わせであるとお話ししましたが、その意味は、戦略は企業の成長機会を模索するためのものなのではなく、企業の成長エンジンをつくるということなのです。成長エンジンを持つこと、つまり優先順位が高く価値のあるケイパビリティを高めることで、企業は成長の機会を手にするのです。
私たちの著書『なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか』から例を挙げるとすれば、ペプシコのスナック食品部門であるフリトレーが適切でしょう。通常の大手製造企業は、工場で完成した製品をいったん大きな倉庫に運び、そこを基点にして販売店舗に運ぶ流通経路を採用しています。しかしフリトレーのリーダーは、自社製品を販売する小売店舗への独自の流通方法の構築が競争優位になると考えました。
そこで自社でトラックに投資し、製品を直接店舗に配送するシステムを構築したのです。実は、このシステムは通常の配送方法に比べてかなり非効率性を伴うシステムです。大量の製品をまとめて配送できないため、流通コストが割高になってしまうからです。それでも、店舗ごとに配送する流通網を構築することによって、フリトレーは大きな競争優位を獲得しました。
最大のメリットは、小売り店舗内の自社の販売スペースの売れ行きを自らの目で確認できることです。消費者の好みや需要の変化をダイレクトに察知でき、その変化にほぼ1日おきに対応できるようになったのです。彼らは、これを「ダイレクト・ストアデリバリー・ケイパビリティ」と呼び、他社との差別化の根源としています。
フリトレーのダイレクト・ストアデリバリー・ケイパビリティは非常に複雑です。配送ルートのネットワーク、トラックのネットワークなど、高度なテクノロジーをベースとしたプロセスを構築しました。さらに、販売店舗のオーナーとの折衝ができるようにドライバーを訓練し、彼らが端末を持ってトラックに積載されている製品を確認し、店舗の棚の状況を把握したうえで、どの製品を補充するべきか判断するようにしたのです。
このように、フリトレーのダイレクト・ストアデリバリー・ケイパビリティは非常に差別化されたもので、ある一つの機能にとどまったものではありません。サプライチェーン、セールス人材、マーケティング人材のすべてが、このケイパビリティを構築し、効果的にオペレーションするために相互に機能することが重要なのです。
もともとフリトレーは、大きなブレイクスルーをもたらすイノベーションを得意としていたわけではありません。得意なことは、味を迅速に切り替えて投入することです。これがうまく機能したのは、新しい味を試すときに消費者テストを行う代わりに、ダイレクト・ストアデリバリー・ケイパビリティを生かして、いくつかの店舗に新商品を置けたためです。
店舗の棚に新しい商品を露出させようとしたら、何百万ドルのコストがかかるのが一般的です。しかも、新しい商品に切り替えたからといって、販売がうまくいくとは限りません。ところが、ダイレクト・ストアデリバリー・ケイパビリティがあれば無料で店舗の棚に新商品を置くことが可能で、消費者のダイレクトな反応を計測しながら調整することができるのです。その結果、フリトレーはめまぐるしく変わる消費者の味の好みに対応することに成功しました。
これは、リーダーの決断によって複数のケイパビリティを同時に機能させ、誰も打ち負かすことができない成果を上げた一例です。
アップルのデザインやフリトレーの流通システムのように、すべてのプロセスで他社に対する優位性を築く必要はなく、自分の得意な分野に絞ってケイパビリティを強めることが重要なのですね。
ほとんどの企業は、市場に対して明確なアイデンティティを持っていません。主張はほとんど同じで、独自性に欠けています。あらゆる業界を見てください。独自性のある戦略を打ち出している企業がどれほどあるでしょうか。しかも、自分たちが生み出す価値について明確な根拠を持っていないので、どのようなケイパビリティを優先するべきかわかっていないのです。結果的に、他社が優先順位を高く見積もっているケイパビリティを、他社と同じように実行しているにすぎません。
たとえば銀行は、顧客データを収集してそのデータを詳しく分析して顧客インサイトを得ていると言いますが、ほとんどの銀行が同じことをやっています。自動車業界の多くの企業は、リーンテクノロジー、コネクテッドカー、先進テクノロジーの統合に優先順位をつけていますが、その時点で独自性は失われていることに気づいていません。
ケイパビリティに優先順位をつけることは、市場の期待に対して具体的である必要があります。だからこそ、企業としての独自性が求められ、それを確実に実行につなげることが重要なのです。
※後編につづく。