環境変化の激しいいま、もはや戦略立案の重要性は低くなったと言われる。果たして、戦略はもはや機能しなくなったのか。このような主張に対し、実行態勢を構築することの重要性を提唱した本が刊行された。
15年前のポーターvs.バーニー論争
経営学で有名な議論に、「ポーターvs.バーニー論争」があります。
競争優位を築くための戦略論を巡る議論です。競争戦略論の大家、マイケル・ポーター教授は、産業構造を分析して、競合と差別化し、顧客にとって魅力的な独自のポジションニングを取ることで競争優位を構築できる、とポジショニング戦略を提唱します。
それに対し、リソース・ベースと・ビュー(RBV)の立場から、ジェイ・バーニー教授は、企業は他社が模倣困難なケイパビリティを構築することで、市場で絶対的な差別化を構築できると主張します。
両者の違いを、ある経営学者は見事な比喩で、「異性にもてたい場合、もてる人の要件を分析して自分をどう見せるか(ポジショニング)が有効か、自分を見つめ直して、自分らしさを磨いてアピールするか(RBV)の違い」と表現されました。
競争という枠組みで他社よりも選ばれる企業になるための戦略論にも大きな違いがあるのです。
この論争はいまから20年近く、アメリカの学会で話題になり、弊誌『DIAMNDハーバード・ビジネス・レビュー』が2001年に特集で紹介したことで日本でも話題になるようになりました。
それから15年たち、今日では、戦略論そのものがかつての人気がありません。それは、デジタルネットワーク経済では、環境変化が早く、戦略の立案と実行、そしてその果実を得るまでの間に競合の状況や顧客の要望も変化してしまうことが多くなってきたからです。「リーンスタートアップ」の概念が象徴するように、走りながら考える、実行しながら柔軟にピボット(路線変更)を繰り返すことで、成功がもたらされることが事例としても増えてきました。
一度築いた強固なポジションも持続性が弱くなる。市場そのものも、カメラのフィルムがアナログからデジタルに変わった例に代表されるように、その競合のプレーヤーも、競争のルールも一変してしまうのです。
そんななか「戦略」は意味をなさない時代なのか。そんな疑問に答えるかのような本が、『なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか』です。本書の原題は、Strategy that Worksであり、直訳すると「機能する戦略」ですが、そのための5つの要諦として、①自社の独自性を貫く、②戦略を業務に落とし込む、③組織文化を活用する、④成長のためにコスト削減、⑤将来像を作り出す、を提唱しています。
これらは、どれも奇をてらったものではありませんが、本書から読み取れるのは、「何が成功するかを考えるよりも、信じられるものを徹底して実行せよ」というメッセージです。本書で紹介されている、イケア、スターバックス、ファイザー、アマゾンと言った企業も、決して特異な戦略やポジショニングを狙って成功したわけではありません。戦略自体にユニークさがあったというより、成功したいまから見た後付けになりますが、当然すぎる利便性を実現した企業です。極めて正攻法にも見えます。
つまり、自分たちの強みを理解し、信じた戦略を愚直なまでに、徹底的に取り組んだ企業が成功したことになります。いまやラーメン屋さんの競合が近隣の同業者だけではなく、コンビニエンスストアであり、ウーバー・イーストであり、そしてアマゾンプライムでさえ代替となりうる時代です。このような時代、市場を静的に捉えて自社のポジションを据えるより、自社のケイパビリティを動的に活用しさらに伸ばしていくことこそが、競争優位になるのではないか。
かつて日本企業は、最終消費者を見ず、自社でできることに目を向けた「プロダクトアウト」の志向が非難されていました。発想の起点は市場やユーザーに置き、自社の強みを生かし、また磨き続けることこそ成功確率が高いのではないか。そしてやるべきことをやりきる実行力。本書は、そんな事業を進める原点の重要性を教えてくれる本です。そして、日本企業の得意とする「やると決めたらやる力」がやはり強いと認識できるため、勇気が湧いてくる本でもあります。(編集長・岩佐文夫)