部分ではなく全体をいかに捉えるか

 さて冒頭で触れた「なぜ日本は製造業では世界一になれても、金融では世界一にはなれないのか」という素朴な疑問についても、伊丹氏は3つのメリットを踏まえながら答えている。詳しくは本書に譲るが、まず製造業の中でも日本企業が世界一になっている自動車産業に絞り、これが成長した背景を、コストや産業構造の観点、そして産業の競争力がどのように決まるのかという流れにも触れながら解説する。

 この疑問に対して、部分をとり出しながら、何らかの理由づけをすることは簡単かもしれない。しかし、多くの事象は一つの要因によって成り立つのではなく、複数の要因が絡まり合っており、上記のように全体像を捉えながら説明することは難しいことがわかるだろう。

 本書では、機関投資家の影響力、市場のメカニズム、サービス産業の将来性など、私たちが分かっているようで分かっていないトピックスを、俯瞰して論理立てて論じていく。このような身の回りの事象を、経済の視点で捉える力は、私たち自身のビジネスを取り巻く状況を理解する上でも不可欠だろう。

 最後に、本書の著者である伊丹敬之氏は競争力の源泉となりうる「見えざる資産」の重要性を主張した世界的経営学者であり、代表作である『経営戦略の論理』を読んだ方も多いはずだ。本書は、経営学者が経済について論じることで、氏の言葉を借りるなら“人間臭い「経済を見る眼」”についての入門書となっている。