企業が最も知りたいのに、いまだ決定打がないのが「人は本当に何を欲するのか」という問いへの答えである。すべての企業活動は、この答えを探す長い旅と言っても過言ではない。
経営学の歴史は、数値化の歴史であった
私が経営学の言葉で最も本質的だと思うのは、「測定できないものは管理できない」というピーター・ドラッカーの言葉です。この言葉が示すように、マネジメントの歴史は、数値化への挑戦の歩みだったと言えます。
20世紀の初頭、フレデリック・テイラーは工場での業務の一つひとつを徹底的に時間を測り、それが後にテイラー方式と呼ばれ、工場での最適な労働作業の確立に貢献しました。テイラー方式を導入したフォード自動車は、圧倒的な生産性で、良質なクルマを安価で提供し市場の席巻を果たしました。
企業の活動すべてを数値化しようとして生まれたのが、管理会計です。原価管理や予算管理がどの企業でも導入され、経営の「見える化」は格段に進みました。その後、活動基準原価計算(ABC: Activity Based Costing)といったさらに細分化された指標や、バランス・スコアカードのように顧客の満足度まで数値化して財務指標と結びつける手法も開発されました。
このように、あらゆる企業活動を数値化することによって、その成果の見極め、さらによくするために何をすればいいかという行動への意思決定が向上したのです。
経営学の100年は、この数値化によって格段の成果をもたらしましたが、それでもなお、企業が最も知りたいことが数値化できていません。それは、「人は本当に何を欲しているのか」です。
今のようにビッグデータが手に入る時代になり、誰が・いつ・どこで・何を買ったかがわかるようになりました。小売店の棚ではセンサーをつけることによって、手に取ったけど買われなかった商品も把握できるようになりました。しかし、これらは商品を市場に出した後にわかることです。企業は、それを市場に出す前に知りたい。しかし、多くのマーケティングリサーチの手法が確立された今も、その決定的な方法はいまだ確立されていません。
「人が何を欲するか」というテーマほど、人間の本質に迫るものはなく、これは科学としては、経営学を超え、心理学、社会学、あるいは文化人類学などあらゆる社会科学の根底のテーマでもあるのです。しかも経営として、この「人が何を欲するか」の理解を数値化して「測定できないと管理できない」という難題も控えているのです。
「人が何を欲するか」。この単純な問いに、企業はどう問いを出していくのか。人は気まぐれで、感情的です。好き嫌い、快不快で動くとわかったところで、何を好きだと感じ、何を快感だと感じるかもそれぞれ違う。人の行動に一貫性を見出すことは難しく、規則性はないが、かと言ってランダム性だけでもないままならない存在。この存在を理解しようというのが経営そのものでしょう。
今号のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューは、「顧客は何にお金を払うのか」を特集しました。これは無謀な問いだということは理解しています。ただ、経営とは、この宇宙的な問いに答えを見出そうという無謀な挑戦を続けること。顧客の気持ちをわかった気になるのでもなく、諦めるのでもない。自戒を込めて、こんな姿勢で事業に挑みたいものです。(編集長・岩佐文夫)