プレゼンの基本は、自分の考えを伝え、相手の行動や思考に影響力を与えること。この教科書とも言うべきプレゼン資料が先日発表された。テーマは、日本の人材育成の必要性について。これが圧倒的な説得力で伝わってくる。

資料を読むだけで伝わるプレゼンの迫力

 先週、プレゼン資料だけを見て感動するという初めての体験をしました。その資料がこちらです

 2月13日に開催された産業構造審議会の新産業構造部会でプレゼンされた資料であり、発表者であり作者はヤフーCSOの安宅和人氏です。

 普通、プレゼンの資料だけ見せられても、主張の輪郭くらいしか理解できないものですが、このプレゼン資料は見るだけで、発表者の主張が頭の中に、論理的に入ってくるのです。しかも、実に適切なユーモアある頁も挿入され、プレゼン会場では相当盛り上がったのではないかと、その雰囲気まで伝わってくる資料です。審議会の資料というと、難しい内容だと尻込みしてしまうものですが、まずは騙されたと思ってダウンロードしてみてもらえれば幸いです。

 プレゼン資料のタイトルは、「“シン・ニホン” AI×データ時代における日本の再生と人材育成」です。いまの時代、日本の再生のために何が必要か、とりわけ人材育成で何が必要かを訴えようとする意図が伝わります。資料は、発表者である安宅氏の簡単な自己紹介から始まり、現在という時代を産業革命から遡って、その認識を聞き手と共有しようとします。そして今の技術変革が経済構造を変え、しかもそのスピードがはるかに速いことを訴える。この認識に立って、現在の趨勢を見ると、時価総額で世界にトップに立つグーグルやアップルが生み出す価値の本質が見えてくる。つまり、いまの時代に何が世界の価値を作り出しているかが明白であると続けます。

 そしてこのような時代に必要な人材が、いかに日本で不足しているか。ここではマクロの数字から米国のトップ大学の状況などのミクロのデータを織り交ぜて、日本の課題を浮き彫りにします。新しいビッグデータ時代における日本の遅れとその課題を明確にしたうえで、それが絶望することではなく、「この国はスクラップ&ビルドでのし上がってきた。今度も立ち上がれる」と希望をもってこれから立ち向かおうと呼びかけます。

 そしてこれから必要な人材の要件を明確に示し、それらの人材を育成するためにどのような施策が必要かを提言していきます。そして最後は、国家としてこの仕組みをつくるためにやるべきことを、実に具体的に数字まで入れて提言して終わる。

 この資料に感動するのは、まず、ストーリーが明確で、あたかも安宅氏が話しているかのように、その主張が読むだけで伝わってくることです。順序が考え抜かれている。そして不要なシートが一枚もない。そしてメリハリがあるので、読んでいて飽きないし、強調したい点がズバッと伝わります。おそらく、発表の際は、ここで声の大きさが変わったのだろうと、こういうことまで想像できるのです。自分の意見を人に伝え、理解してもらい、相手の思考や行動に影響を与えるというプレゼンの目的を全うしている。

 しかもロジカルな展開なのです。よく論理的に訴えることと情熱的に訴えることが対概念のように語られますが、この資料は論理的であり、かつパッションの圧倒的なエネルギー量が同時に伝わるのです。「伝えたい」という思いを追求するとこうなる、という見本のようです。

 さらに素晴らしいのが、この資料には膨大なファクトデータが紹介されていることです。各種メディア媒体はもちろんのこと、政府や国際機関のデータ、国内外の大学のHPから取り寄せたデータなど、広範に情報を集めて作られたことが出典だけからも分かります。そして、情報を広く集め膨大に紹介したことが素晴らしいのではなく、それらの情報の中からこのプレゼンの主張に必要な部分だけを切り出し、かつ最も見やすい形で図表化され、「必要なものを必要なだけ、最も理解しやすい形」で紹介されていることです。人を説得するためにファクトベースであること、そして膨大なファクトを並べるだけでなく、分析して整理して表現すること。このお手本がまさにここにある。

 安宅氏の著書『イシューからはじめよ』をバイブルのようにしている人も多いと思います。この本は、問題の解決策を考える前に、そもそも「解くべき問題は何かを見極めよ」と、重要な物事の本質=イシューの発見の重要性を説いています。このプレゼン資料は、まさに多くの現実からイシューという的を射抜くような本質論が展開されているのです。

 最後に、これが一番大切なことですが、この提言内容の素晴らしさです。人材育成の必要性を説く中で、一番印象に残ったのが、61頁目の日米トップ大学の運用資金の違いです。学生一人当たりに換算した違いがグラフで示されていますが、その差は、同じ先進国というくくりで表現できない違いです。61頁を見ていただければ、誰しもその差に驚くでしょう。

「人材育成に向けた国家的なendowment(寄付、基金)を立ち上げるべき」という安宅氏の主張が、これ以上ない説得力を持って伝わってきます。(編集長・岩佐文夫)