震災後に創業した気仙沼ニッティングの価値は、被災地に産業を復興させたことのみならず、新しい働き方のモデルをつくり出したことである。しかも、働く人が「誇り」を持てるモデルをつくったことである。
「お金を払う側」と
「製品・サービスを提供する側」は対等なはず
ビジネスの関係では「お金を払う側」と「製品やサービスを提供する側」の力関係が偏りすぎていると感じます。お金を払うのは、製品やサービスを受け取ったからであり、「対価」に過ぎず、両者の関係は対等な交換関係だと思うのです。
それが現実には、「お金を払う側」が力を持ちやすい。B2Bビジネスでは、製品を提供する会社を「納入業者」と言い、発注した企業が優位に立ちます。発注した企業の無理難題を聞き、納入業者の利益率が低くなるという現象が起こります。企業と従業員の関係もそれに近い。会社が発令した辞令に従うのは会社員として当然と思われていて、望まない仕事や転勤を伴う異動さえ、強権発動する権限を企業側が持ってしまいます。
「顧客が最優先」という考え方も、誤解を生みやすい。企業の収益の源泉である顧客を第一に考えるという行動様式は、付加価値を創造しイノベーションを起こす上で欠かせないですが、一方で、お金を払ってくれる顧客の無理難題に、企業はどこまで応えることができるか。
本来は、社会が分業で成り立っている経済において、製品を提供する側もお金を払う側も対等であり、「お互い様」の関係であるべきです。しかし、交換価値の高い「貨幣」を持つ側がどうしても強くなってしまうのです。
こんな関係性の矛盾を考えていた時、『気仙沼ニッティング物語』を再読してこの問題を突破する糸口を見つけた思いでした。著者は同社を設立し社長を務める御手洗瑞子氏です。
2012年に創業した気仙沼ニッティングは、震災からの復興に重要なのは産業が立ち上がることである、という考えから生まれました。人が当たり前の暮らしをする上で大切なことは、公的な助成金に頼るのではなく、毎日の仕事があることです。それは自立した誇れる仕事でなければならない。大きな設備投資を必要とする産業が立ち上がるには時間がかかるなか、いち早く創業できる事業として「ニッティング」(編み物)の会社が誕生したのです。
それから5年、同社は毎年黒字を出し、納税をする会社として確たる存在として社会に受け入れられています。いまや編み手さんは60人にも及び、雇用の創出という意味でも実績を上げているのです。