短期の業績を上げるだけでも簡単でない時代だが、経営者の本来の仕事は事業の長期的な繁栄に貢献することである。自分の在任期間を「きれい」にまとめるのではなく、任期を超えた業績を生み出す経営者が求められている。
資産を食いつぶす経営者、資産を増やす経営者
先日退任された三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長は、弊誌DHBRの今年の1月号で、インタビューに応じてくださいました。その中で「いまやろうとしていることも、5年後、10年後に結果が出ると信じて取り組んでいます」と語っておられます。さらに、「誰かが未来に向けての布石を打っておかないと、次世代の人が次の打ち手に詰まってしまう」と。
創業経営者を除くと、ほとんどの経営者の在任期間より事業の目指すべき存続期間は長いものです。50年の歴史ある事業を引き継いだ経営者の在任期間は、5年から10年あたりです。毎年毎年、企業としての業績によって経営者は評価され報酬も決まります。「5期連続増収」などを実現することは、結果で責任を問われる経営者にとって、誠に輝かしい業績であり、一流経営者と呼ばれるに相応しい数字です。
在任期間の業績だけでは、本当の意味で経営者の功績は測れないのではないでしょうか。歴史ある企業であれば、蓄積された事業資産があり、それらを活用することで利益を積み上げることはできます。場合によっては、資産を食いつぶす形で、任期中の業績を向上させることもできますが、その弊害は退任後に表れるものです。資産を食いつぶし、次につながる打ち手を打たないで経営者が退任すると、次の経営者はマイナスからのスタートとなり、場合によってはそのツケは数年に及ぶこともあります。
短期的な利益を求めて値引きを繰り返すことで、ブランド価値が下がり正常価格では売れなってしまう現象と同じです。
誰しも自分の在任期間は「業績を上げた」と言われたいもの。それによって達成感もあり、それが経営者のやりがいでもあります。「有終の美」という言葉も誠に美しい響きがありますが、その経営者の「任期の終わり」は継続する事業の歴史において、区切りでも何でもありません。事業の将来に向けてあらゆる手を打っておくことで、企業の将来像が開ける状況をつくる方が、はるかに偉大なことでしょう。
問題は、在任期間を超えた貢献をする動機を経営者がいかに持ちうるかです。短期の業績が求められるのは株主からの圧力のみならず、安定経営としても当然の責務ですし、基本的な責任として「在任期間を全うする」という意識も確かです。
しかし、経営者の責務は「在任期間を全うする」ことだけではありません。自分の在任期間を超えた事業の繁栄に、どれだけ貢献できるかが問われるのです。在任期間の評価はその時点での業績で明確になされますが、在任後の業績に対し、過去の経営者の業績を測るのは、因果関係も明確にできず、仕組みとしてもインセンティブの設計ができません。誰からも賞賛されないかもしれません。
企業としては、このような任期を超えた事業の長期的発展を考えられる経営者を選べるか否かが勝負です。業績を伸ばし続けているある経営者は、「いま考えていることの6割は未来のこと。3割は来年のこと。今年のことは1割程度しか頭を使っていない」と語っておられました。長期的なことを優先して考えることで、短期の業績も積み上がるという好循環を回しておられるのです。
結局は、経営者は、自分の仕事が在任期間を超えて影響力を与えることを自覚すること。良い結果も悪い結果も、他人のせいにするのではなく、自分の実力として受け入れること。そして、在任後の結果に対しても、責任を負う覚悟が求められるのだと思います。(編集長・岩佐文夫)