フランス大統領選を制したマクロンの政治基盤は、けっして盤石ではない。今後の成果次第で極右政党の勢いを加速させる可能性について、INSEADの教授が指摘する。本記事は大統領選前に書かれたものであり、選挙結果そのものは確定しているものの、その分析は示唆に富む。


 4月22~23日のフランス大統領選第1回投票では、11人いた立候補者が2人に絞り込まれた。最も反EUを主張するナショナリストのマリーヌ・ル・ペンと、最もEUを支持する中道派のエマニュエル・マクロンだ。フランス第5共和政のほぼ60年の歴史で初めて、左派主流・右派主流のどちらも決戦投票に候補者を出さないことになる。

 マクロンは、前政権による政策の継続を誰よりも公約している候補者だが、みずからの政治運動を立ち上げたのは1年前にすぎず、公選職に就くのは初めてである。たしかに、マクロンの勝利はほぼ確実だ。だが幅広い視野で見てみると、彼の当選は、欧州全体で沸き起こっている国粋主義的で反EUの感情を一時的になだめるにすぎないかもしれない。

 決選投票以前から、フランスの政権地図を塗り変える一連の出来事が続いてきた。わずか2、3ヵ月のうちに、これまでの政府の大物候補ほぼ全員が平和的にお払い箱となったのだ。

 現職の大統領フランソワ・オランドは、どうしようもなく不人気であったため2期目の断念を余儀なくされる。保守主流政党である共和党では、予備選で前大統領のニコラ・サルコジと元首相アラン・ジュペが脱落。一方、社会党の予備選では、オランド政権の元首相マニュエル・ヴァルスが敗れた。

 大統領選の第1回投票では、大物たちのなかで最後の生き残りであるフランソワ・フィヨンに「とどめの一撃」が加えられた。サルコジ政権の元首相であり、家族への不正給与疑惑に見舞われた彼は、2016年末の時点では、オランド大統領の後継者として最も有力に見えた。

 これらすべては、フランス大衆による既成政治勢力の拒絶がいかに根深いかを表している。昨年のオーストリアの大統領選で見られたような状況を、フランスもたどっているのだ。社会的階層に基づく旧来の左派と右派との政治的分断は、少なくとも一時的に、国粋主義と国際主義との分断に取って換わられた。

 ル・ペンが立脚する国粋主義は、経済と文化の面で閉鎖的で、かつ権威主義的なフランスである。一方、若い元銀行員のマクロンが標榜する国際主義は、経済と文化を開放するリベラルなフランスだ。前者が反映するのは、フランスの苦闘と悲観、小さな町と中規模都市。後者が反映するフランスは、勝利と楽観、そしてグローバルな大都市である。

 マクロンほど臆面もなく、EU支持の立場を選挙で訴えた候補者はいない。決選投票でも確実視される彼の勝利によって、EUはユーロ圏の目下の危機や難民問題に関して、より人種融和的な戦略を推し進めることが政治的に可能となるはずだ。

 とりわけ、9月のドイツ首相選挙でドイツ社会民主党党首のマルティン・シュルツが選ばれれば、EUでの効果的な危機管理に常に不可欠な、フランス・ドイツ間の連携が再び活性化するだろう。たとえアンゲラ・メルケルが4期目の首相に選ばれたとしても、両国の連携は過去10年間よりも弾みがつくと思われる。

 サルコジとオランドは、国内の財政的・政治的な制約から、以前の大統領(1970年代のヴァレリー・ジスカール・デスタンや、1980~90年代初頭のフランソワ・ミッテランなど)が果たしたような役割を踏襲できなかった。

 だが、マクロンは今後、フランスの経済と社会を好転できた場合のみ、この役割を果たしドイツと対等のパートナーシップを確立できる。

 世界金融危機以降、フランスとドイツの経済格差は広がる一方である。フランスの経済不振を最も如実に表すのが、10%近い失業率だ。この数字はドイツ、英国、米国の2倍であり、フランスの18~25歳の人口のほぼ4分の1に影響を及ぼしている。同国の公的債務も、ライン川をはさんだ隣国ドイツよりも速いスピードで増大している。

 マクロンが大統領に選ばれたら、これらの問題に対処して、フランス大衆が渇望している変革をもたらすことができるだろうか。彼は言葉巧みではあるが、どの程度それを望んでいるのかは見えない。