チームプレーの推奨とそれを支える人事評価

 そうした社員選別の条件だけでなく、日常的なプロジェクト遂行においても、「ほぼ日」ではチームプレーを推奨している。

 コンテンツの中には、一人で制作自体を進められてしまうものもあるが、それでも「仲間を沸かせられない企画は顧客にも受け入れられない」という経験則が共有されている、と管理部門の部長は言う。積極的に企画の中身を仲間に開示し、互いに忌憚ない意見を多くもらうことで、企画自体のブラッシュアップやプロジェクトへのリクルーティングを行っている様子は、さまざまな打ち合わせや会議の会話の端々から伺えた。

 そのようなチームプレーの推奨は、言葉の上だけでなく、人事評価の側面からも見られる。企画担当者は、自ら担当した企画が実施・公開された際には、顧客に受け入れられたか、という関心から閲覧数や販売数などを気にするものの、その数字が個人の人事評価に直結するわけではない。職級が上がるにつれて業績給の割合は増えるが、そこでも大きな差がつくわけではない。人事が個人を評価する際の軸も、業績それ自身にあるのではなく、業績に対する自己評価と他者からの評価が合致しているかどうか、という点にあるという。

 またプロジェクトに対する社員同士の評価は、まず、それが企画担当者の「動機」に適っていたかが問題だとされる。結果があまり振るわなくとも、企画の「動機」自体が周囲も共感するものであれば、担当者は次回の企画の際に他の人から多くの助言や助けが得られる。反対に収益をいくら上げたとしても、それが本人の洞察や欲求から離れてしまった場合、たとえば他社でも展開されそうなものの場合は総じて評価が低く、そのプロジェクトは特別な理由がない限り継続される可能性は薄いという。

 つまり、「ほぼ日」はプロジェクトを「なぜやるか?」という説明を強く個人に求めるが、その結果は組織に帰属している。そして、そうした形式で、チームプレーの推奨を制度的にも支えている。言い換えると、個人に企画の説明を求めることで担当者の責任感や自主性を求めつつ、結果のリスクは組織が担保し、社員が常に新しいことに挑戦するのを奨励しているのだ。くわえて「ほぼ日」において、それが組織に対する大きなリスクに転化しないのは、プロジェクト前後で社員同士の相互評価することで、評価と結果が間接的につながれているからだろう。