規則化を避けるコストと理由

 とはいえ、個々人が協力的であったり、チームプレーが推奨されていたとしても、組織全体で効率化を目指した仕組み化が必要な局面もあるだろう。その際、権限や規則を嫌う「ほぼ日」ならではの難しさと説得方法が発生する。

 たとえば、組織内に経費の承認過程を導入した際のエピソードがわかりやすい。迅速な決算作成のために経費のシステムに承認過程を導入しようとしたとき、担当者は多くの人から「自分たちできちんと取引先と交渉して計算しているのに、なぜ誰かの承認が必要なのか?」と懸念を示され、導入理由を説明するのに苦労したという。

「『規則だからやってください』は絶対に通用しない」ため、万が一、計算違いが起こったときに、他者の目が入ることで見つけやすいことと、社外への支払いなど会社として責任が発生する際に説明可能にしておくこと、の2点を理由として挙げたそうだ。

 つまりこの組織では、「規則それ自体」や「担当者の利便性」などは説明材料とはなりづらく、各人の実質的なメリットと、組織外部への具体的な責任――その意味での組織全体――に言及することによって、ようやく納得されたことになる。言い換えると、役職のみに付随した利便性だけでは説明材料にならず、導入が個別的かつ説得的で、組織外で実際に取引先に迷惑がかかる可能性があること……などの理由が揃うことで、ようやく納得されたのである。

 また、実際に規則を導入しないことによる負担がかなり高いと判断される場合もある。それでも、そうした説得を経てもなお、導入にするまでになんと6年もかかったという。

 これほどまでに説得のコストが高いのは、それだけ日頃から規則による決定がなされていないからである。その代わりとして、社員の間では「あなたはどう考えるのか」「それは顧客(あるいは関係者)にとって嬉しいか」といった問いが代替として流通している。常に個別の具体的事例が個々の事情に合わせて、その都度、検討されているのだ。

 これを効率の悪さと捉えるか、規則や権限がつくりだす弊害を最大限防止するための必要な労力と捉えるかは、組織のアイデンティティや事業領域によって変わるだろう。この連載でも追って記していくように、「ほぼ日」のような組織のあり方が抱える不便さはほかにもある。現在多くの研究で、個人の自律性や自発性が尊重される組織であることがイノベーションの鍵であることが指摘されているが、それらをどのように組織の中で担保するかは、それこそ多種多様でありえる。

 そうした前提を持っていてさえも、個人的に驚いたことがある。あるリバイバル商品を企画する際に、新しい担当者が前任者に商品の細部についてほとんど引き継ぎを行わず、しかも、そこで生じた試行錯誤がコストとは認識されなかったことだ。リバイバルするにあたって商品のサイズや素材、縫い方など細かい要素の一つひとつを担当者は再検討していくのだが、前任者の設計がすばらしかったために、その過程は前任者の思考に感嘆しながら、その跡をたどるようなものだったという。

 もちろん、結果的に発売された商品はデザインも含めて前回の商品とは異なるが、そうした試行錯誤の過程を、担当者も、また経営層もコストだとは捉えていなかった。むしろ、市場が刻々と変化しているにもかかわらず、前任者の設計を単に引き継ぐことは思考停止に等しいと捉えている、という。先に指摘した、個別事例をその都度検討していくこととは、まさにこのような事例のことも指している。安易に前例を踏襲しないことが、創造の前提であるとも捉えられているのだろう。

 社員自身が「個々人が自由でのびのびと」働いていると表現する組織は、こうした個々人の業務の非限定性や他者へ協力する姿勢、チームプレーを支える制度、安易に規則化しないことで組織内の硬直化や企画の多様性を担保する環境によってかたちづくられている。

 前回紹介した「内臓型組織図」は、そうした組織全体を表現したものとも言える。異なる部署に同じ人が何度も現れたり、部署同士も緩く囲われるだけで排他的にはなっていない点、それでも部署としての各臓器がそれぞれ一定の役割を果たしつつ連携し、全体として一つのまとまりをなしている状態……。図が示すのは、そうした個人の部署間の越境や連携、全体の統合の思想である[注]

 こうした組織運営は理想とされることも多いが、そんな組織を運営していくには、相応のコストもかかっている。次回は、これまであまり指摘されてこなかった、こうした流動的で自由度の高い組織の不便さに焦点を当てる。

[注]上場後の公開資料には一般的なツリー型の組織図が示されているものの(「2017 年8月期第2四半期決算発表資料」参照)、社内向けには社員個々人のプロジェクト所属や役割の視認性を高めるために、ツリー型組織図と並行して内臓型組織図が使われ続けている。

 

 次回更新は、6月29日(木)を予定。