「ほぼ日」の社内調査を担った社会学者が、組織らしくない「ほぼ日」の組織の謎に迫る連載の最終回。今年3月に上場した「ほぼ日」の意図とは何か。そして今後の組織としての課題は何か。同社の観察した著者が展開する独自の解釈。

 今回は、これまで言及してきた「ほぼ日」の組織的特徴のさまざまな側面を、「ほぼ日」の二重性としてまとめて概観しよう。そのうえで、「動機」概念が組織の歴史のなかで果たした役割から糸井氏の経営スタイルを読み解き、さらに今回の上場の意味と「ほぼ日」の今後について、筆者なりの考えを述べたい。

組織の二重性と語りの二重性

 その組織構成のフラットさや、組織内での個人の尊重と個性の強調、雑談される会議など、「組織っぽくなさ」が前面に出る「ほぼ日」だが、他方、あまり言及されないところで組織としての帳尻合わせをする側面も持ち合わせ、それが補足的に働くことで、組織として存続している。その二重性にはさらに、社員によく言葉にされて意識されている営みと、暗黙の了解として補足的に行われている営みの二重性が重なりあっている。

 たとえば前回紹介した時間について、現在に強く準拠する時間感覚を持つ一方で、組織は締め切りの日付、毎週のミーティング、毎年変わらない手帳の販売開始日など、いわゆる客観的な時間とともに動いてもいる。組織内のコミュニケーションでは誰でも発案や意見を言える「フラットさ」を強調しつつも、同時に実力差は存在し、役職はそれに付随しているものとも認識されている。事前の進捗管理や計画はしていないとする一方で、代わりに事後的に細かい調整を行っている。たとえば予算の見通しから下振れしないように進行中のプロジェクトの達成を後押ししたり、商品発注の段階で発注数を細かく調整したりすることで利益や在庫リスクが注意深く管理されてもいる。

 どれも前者が明示的な特徴として説明されたり、「ほぼ日」らしさとして語られる一方、後者はその後で突っ込んで質問するなかで、「でもね……」「実はね……」と思い出したように言及されるのだ。もちろん、そのどちらが真実だということはなく、両者は互いに補う合うことで組織は動いていく。

 たとえば日本型企業は、意思決定は明示的に会議でなされる一方で、根回しなど事前の社員同士の相互作用が重要な役割を果たすことが知られているが、その表裏が逆転した形式だと言うとわかりやすいだろうか。ただし、それは単なる裏返しになることはなく、特有の制度を組み上げることでようやく成立つものでもある。