多くの経営者が、クリステンセンが20年前に示した「イノベーションのジレンマ」の内容をよく理解し、その対策を実践してもいる。にもかかわらず、目立った成果が上がらないのはなぜだろうか。その理由は、警戒すべき脅威そのものに変化が生じたからだと筆者は指摘する。
私たちスタンフォード大学ビジネススクールの教職員は毎冬、世界の最大手企業数社からCEOを招き、講義に参加してもらっている。夜のひととき、彼らはデジタルによる破壊的変化がもたらす課題について、教職員および世界で最も優秀な部類に入るMBA学生たちと議論する。
招待されたCEOは総じて、2つの現実を認識している。第一に、デジタルによる破壊は彼らの産業を何らかの形で変えていくこと。第二に、そうした変化を積極的に受け入れる方法を見出さなければならないことだ。
ところが、過去18回(以降も継続)の講義に参加したCEO全員が、この現実を受け入れているものの、そのためのイノベーションの取り組みは概して、結果が芳しくないようだ。
日々、経営史を学ぶ学生にとっては驚くに値しないかもしれない。破壊的変化とはシステム全体の問題である。クレイトン・クリステンセンは1997年に、破壊の脅威を退けること、そして破壊的トレンドを推進することが、どんな企業にとっても非常に難しいのはなぜかを説明した。
もちろん、私たちが対話した企業のイノベーターたちは皆、それを理解している。クリステンセンの著書『イノベーションのジレンマ』も読んでいる。自社の組織的な問題に正面から取り組んでもいる。だが、それでも結果が伴わないのだ。
当然ながら、その理由は何かという疑問が生じる。経営者がイノベーションの理論家の助言に従って、あらゆる手立てを尽くしても、成果が上がらないのはなぜだろうか。
その原因はおそらく、イノベーションのマネジメントで生じるパラドックスはいまや、いわゆる「イノベーションのジレンマ」だけではないからだ。
●従来のジレンマ
私がハーバード・ビジネススクールの「成長とイノベーションのフォーラム」に加わっていた頃、我々はしばしば破壊について「会計と組織設計の問題」だと見なしていた。工業時代型の企業のマネジャーにとって、破壊の機会に対する投資対効果は悩みの種だった。破壊的な製品・サービスとは本質的に、低価格かつ低品質、そして低利益率だったからだ。
あなたが運営する事業が、既存の顧客基盤を相手に十分に儲かっており、成長機会も見込めるとしよう。その場合、過剰なスペックが不要な顧客のために低品質・低利益率の製品をつくることは、優先事項となりにくいはずだ。そんな投資をすれば収益性が下がり、最も忠実な顧客のためにならず、苦労して手に入れた技術力も活用できない。したがって、あなたはマネジャーとして当然、この手のイノベーションは新規参入企業にお任せしていた。
そうした製品・サービスは、時間の経過につれて向上していく。当初のイノベーティブな新規参入企業は、市場でハイエンドへと移行していき、徐々にパフォーマンスを高める。低利益構造、そして低コストを可能にする新しい技術構造に支えられ、後発の競合企業は市場シェアをますます侵食する。そうして、ついにはあなたの得意顧客にも、それらの製品・サービスが受け入れられるようになった――。これが破壊の実態である。
ただし幸いにも、既存企業の上級幹部には解決策があった。破壊的市場にのみ専念する独立部門を自社に設ければ、成功のチャンスはあったのだ。新規事業や新部門のマネジャーは、新たな競合企業と同様のインセンティブを持つことができた。まずはローエンド製品を皮切りに、徐々にハイエンド市場へと昇っていく。最終的には、自社の他事業と市場を食い合うまでになろう、と。
実現は容易でないが、これは優れた戦略だった。実践する能力を持った企業は成功を収めている。IBMやアップルなどは、新しいイノベーション(それぞれPCとスマートフォン)に専念する独立したチームや部門をつくることで、破壊的変化を乗り越えることができた。この数年間にスタンフォード大学の講義に参加した業界リーダーは皆、このやり方を選択してきた。しかし、教科書通りに実践したにもかかわらず、その打ち手ではもはや不十分のようだ。
なぜなら、問題の中心は組織設計から、投資家および個人株主の側へと移っているからだ。この問題を解決する手立ては、簡単には見つかりそうにない。