戦略は組織のトップが決め、実行は下層が担う――この通念を根本的に否定する、経営学者ロジャー・マーティンの提言。戦略的選択は組織の随所で、相互接続的になされるべきだという。


「戦略は組織図のトップが策定し、実行は下位が担当する」というのが一般的な認識だ。

 だが、実はその正反対である。以下にその理由を説明しよう。

 まずは、私が「実行(execution)」という言葉を使うのを常に嫌ってきた理由を述べておくべきだろう。その一般的な定義は根本的に役に立たないものであり、経営幹部がしばしば言う「戦略と実行のギャップ」を生じさせる一因にもなっているのだ。

 一般的に、ビジネスパーソンが「戦略」と「実行」について語る場合、前者は選択を下す行為を意味し、後者はそれに従う行為を意味する。この定義に対して私が言いたいのは、「戦略」と呼ばれる活動と「実行」と呼ばれる活動で起きることは、まったく同じだということだ。

 人は、何をして、何をしないかを選択している。私は36年間にわたり企業を研究・支援しているが、戦略が非常に明確なために実行者が大きな選択を下す必要がないなどという例には、いまだお目にかかったことがない。大きな選択とは、いわゆる「戦略的選択」そのものと同じくらい、難しくて重要な選択を指す。

 たとえば、あるCEOが選んだ戦略が、「優れたフィット・アンド・フィニッシュ(フィット感と仕上がり)によって差別化する」であるとしよう。すなわち、製品の完璧さと細部へのこだわりだ。

 CEOは製造担当のエグゼクティブ・バイスプレジデント(EVP)に、その戦略を実行するよう要請する。戦略はそのまま実行に移せるほど具体的ではなく、今後もけっして具体的に説明されない。したがって製品担当EVPは、いくつもの重要な選択を熟考する必要がある。

「フィット・アンド・フィニッシュ」に基づいて競合他社を負かすための、妥当な方法とは何だろうか。それらの案のうち、成功の可能性が最も高いのはどれか。それは、すでにフィット・アンド・フィニッシュに注力している競合他社に勝つうえでも妥当な方法だろうか――。

 これらの選択は、CEOが下すたぐいの選択に、非常に似通って見える。このため、次のような疑問が湧き起こる。いったいなぜ、CEOの選択を「戦略」と呼び、EVPの選択を「実行」と呼ぶのだろうか。

 もちろん、EVPの選択はCEOの選択の制約を受けるのだから、両者は根本的に異なるはずだ、という指摘はあろう。その論法は、CEOの選択が本当に何の制約も受けていないならば成立する。だが世のCEOらに、彼らが直面する数多くの制約について尋ねてみるとよい。資本市場から取締役会や規制に至るまで、事細かに語ることだろう。

 複雑な組織では、選択を伴わない実行などほとんどない。製造担当EVPがフィット・アンド・フィニッシュに関し、どのように差別化するかを決めた後も、配下の工場オペレーション担当シニアVPは、やはり重要な選択をいくつも下さなければならない。その下の工場ロジスティクス担当VPや、さらにその下の担当者も同様である。