「整然としたもの」の落とし穴

 本書の各章には「アクシデントを意図的に起こす」「新たな出会いをつくり、偶然を生み出す」「整理整頓をしない」「混沌を戦術にする」等々、「整然としたもの」を否定する見出しが並ぶ。もちろん、すべて混沌とした無秩序なやり方をよしとしているわけではない。しかし、ともすれば「整然としたもの」を志向してしまいがちな私たちに、アクシデントや混乱を意図的にもたらすことが、思いがけない発想やイノベーションをもたらすことを示している。

 そして、数値目標の危険性やコンピュータシステムへの過度な信頼について警鐘を鳴らしているのも興味深かった。よかれと思って設定した目標が本来の意図とは逆の状況を生み出してしまった英国の医療予約システム、自動操縦システムに慣れ過ぎてしまったがためにアクシデントを回避できず墜落してしまったエールフランス機など、私たちが整然としたものに惹きつけられるがゆえに陥る罠が語られている。私たちは数値という指標を絶対視しがちだし、生活のコンピュータへの依存度は今後ますます高まっていくだろうが、その落とし穴について改めて気づかされた。

 本書の最終章では「生活に乱雑さを取り入れる」として、ベンジャミン・フランクリンのエピソードが語られている。フランクリンは政治家、外交官、著述家、物理学者、気象学者、とさまざまな分野で活躍した人物だが、彼は整理整頓がとても苦手だったという。アインシュタインやスティーブ・ジョブズの机が片付いていなかったことはよく知られている。「片付けられない」人は創造性に優れると言われ、一方、整理整頓と生産性向上は結び付けて語られる。しかし、ここでは乱雑であることが、生産性という面でも意外な効果を発揮することが語られており、興味深かった。

 スムーズに仕事を進め、良い成果を上げるためには、混乱や混沌、アクシデントはできれば避けたい、きちんとしたプロセスに則って進行したいと思うのが私たちの常だ。しかし、そうしたやり方では、ありきたりの結果しか生まれないし、奇跡のようなブレークスルーはもたらされないのかもしれない。こうした無秩序の力、というものを認識する必要を教えてくれる一冊である