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アシックスが迎えた倒産の危機
編集部(以下色文字):尾山さんは、2008年にアシックスの代表取締役社長に就任されました。まず、そこに至るまでのキャリアについて、お聞かせください。
尾山(以下略):私がアシックスに入社したのは1982年です。それまでは日商岩井(現双日)で為替のディーリングを3年間やり、その後は研修生としてドイツに2年間留学し、その間にはケルン大学で勉強していました。日本に戻ってからは財務部に配属され、財務的な視点で契約内容の中身をチェックする仕事などを4年間やっていました。
アシックスに入社してからも海外が長く、1986年から米国に赴任しています。米国では仕入れ発注を担当しました。雑貨の場合、過剰在庫と得意先倒産による売掛金未回収が、会社を潰す一番の原因になります。その大元である仕入れをやりながら、現地の販売員とも一緒に動いていたので、市場のことがよく勉強できました。
帰国したのは、1990年10月です。以後10年間、「ペダラ」や「ワラッジ」など革のビジネスシューズ等を展開するウォーキング事業部に所属しました。ウォーキング事業部は、いまで言うインハウスカンパニーで、ここで資金繰り以外の疑似的経営をした後、2000年にアシックスヨーロッパに赴任し、2001年にCEOに就任しました。
アシックスの社長になったのは2008年のことですが、日商岩井時代の財務の経験、海外でのビジネス経験、ウォーキング事業部での疑似経営の経験すべてが役に立ちました。
アシックスは1990年代、7期連続で赤字が続くという厳しい時期を体験しています。その時の問題点はどこにあったのでしょうか。
株価が60円台まで下がった頃ですね。銀行から米国の与信枠を下げると貸しはがしを受けたほどで、倒産の危機もささやかれていました。
当時は人にも製品にも、すべてに問題があったのだと思います。人に関して言えば、専門知識の深さや幅だけでなく、高い感受性も求められますが、そこが不足していました。それは製品の遅れにもつながりました。靴産業には自動車産業と似たところがあります。規模の違いはあるとはいえ、靴も自動車もモールド(鋳型)でつくりますし、ファッションや嗜好品の一部だからです。機能品でありながら嗜好品でもある点は靴の面白いところであり、また難しいところでもあるのです。



