開発した映像加工ツールをMicrosoft Azure上で提供

――こうしたディスカッションによって新たな使いどころが見つかっていくわけですね。Ridge-iでは、NHKアートのプロジェクトで利用した映像加工ツールを一般にも販売されています。

柳原 「Ridge-i AI Video Editing Assistant」「Ridge-i AI Video Editing Assistant on Azure」として商品化しています。前者はオンプレミス環境で動作するツールで、後者はそれをマイクロソフトのパブリック・クラウド「Microsoft Azure」上で動作させるものです。当社はディープラーニングのプロフェッショナル・コミュニティ「Deep Learning Lab(ディープラーニング・ラボ)」の幹事会社としてマイクロソフトと協業しており、その縁もあってMicrosoft Azureを使わせていただきました。

――なぜクラウドを使われるのでしょうか。

柳原 オンプレミス環境で画像処理を行っていると、自社が保有しているコンピュータ環境しか使えません。映像制作の現場では、「明日までに急ぎで10本の映像を処理したい」といった仕事が急に発生しますが、そうした場合にコンピュータの処理能力が足りなくなってしまいます。その点、クラウドならば必要なコンピュータ環境を一時的に沢山借りて大量の映像を処理するといったことが柔軟に行えます。

――映像制作の世界でもクラウドが大きく貢献しているのですね。

柳原 Ridge-i AI Video Editing Assistantでは、現在はモノクロ映像のカラー化機能を提供していますが、今後、映像の不要部分を消去するマスキング加工、古いフィルムからデジタル映像を起こす際の傷消し加工、低解像度映像の高画質化などの機能を提供できるように、現在、開発を進めているところです。これらの機能も、いずれMicrosoft Azure上で提供していきます。

AI導入はアジャイル型のプロセスで

――本日は映像制作の現場におけるAIの活用について、貴重なお話を伺いました。AIによってリアリティを高め、人々の心により強く訴えかける映像を生み出すお二人の仕事に今後も期待しています。

伊佐早 私たちはよりよい映像制作のために、さまざまな技術開発を行っていますが、実際の制作のワークフローにうまくはまらず、制作現場で活用できない物も少なくありません。そうした中、今回はモノクロ映像のカラー化という大変な作業を短期間で行い、実際の放送で使える質の高い映像を作りました。これにより、関係者からもAIによるカラー化に対して大きな信頼をいただきましたし、得た成果は非常に大きいと感じています。今回の取り組みの成功で、今後のAI導入に加速がつくと思っています。

柳原 そうおっしゃっていただけると私も嬉しいですね、技術者冥利(みょうり)に尽きます。今回のプロジェクトが成功した要因の1つは、NHKアートさんとともにアジャイル(漸進的)に進めたことだと思っています。AIの導入が難しいのは、従来型のITシステム開発における「要件定義→仕様策定→開発→検収→納品」という段階型プロセスとは大きく異なるからです。必要なプロセスはアジャイル型です。切実な課題と、その解決に使えるかもしれない技術がある状況において、それをどう使ったら実用化できるかをユーザー様と一緒に少しずつ試しながら完成させていくことで、予想を大きく超える成果が得られました。

 失敗しているAI導入プロジェクトの多くは、段階型のプロセスにこだわりすぎて、少しずつ試行錯誤するという試みに至らずに頓挫してしまうケースがほとんどに見えます。現在のAIはどの分野においても活用の黎明期にあり、まずは一緒に試し、ともに学びながら実用化を探ることが必要です。AIの活用を考える皆さまに、この違いを受け入れていただき、AI活用を共に挑戦していきたいですね。

(取材・文/名須川竜太 撮影/西出裕一)