トランプ大統領は就任以来、幾度となく米国の貿易赤字に対する不満を述べており、その矛先は日本企業にも向けられた。では、それは「海外の安価な労働力」と「米国民の浪費癖」によって生じているという説は本当なのだろうか。経営学者のロジャー・マーティンはそれを否定し、マクロ経済の原理と歴史的背景を概説する。
「我が国は毎年8000億ドルもの貿易赤字を出している」。トランプ大統領は2018年3月に新たな関税計画を発表した際、米国の財貿易赤字の規模についてこう述べた。また、「それにより我が国の仕事と富は、他の国々に奪われている」とツイートし、貿易赤字について繰り返し不満を露わにしている。
それを機に発生した数々の貿易紛争は、1930年に制定されたスムート・ホーリー法が引き起こしたような、全面戦争につながるおそれがある。この関税法は大恐慌を招いた、または深刻化させた原因であると広く信じられている。
ところで、貿易赤字とは何だろう。何が原因で生じるのか。それは悪いことなのだろうか。
米国は数十年にわたり、財貿易赤字を出してきた。換言すると、輸出を上回る規模の財を輸入してきた。よく言われる説によれば、米国の「貿易赤字」を着実に増やし続けている要因は、2つある。(1)海外で安価な労働力を活用できることと、(2)米国人のどん欲な消費習慣だ。
その結果、米国は「貿易赤字の穴埋めをする」ために外国の政府、企業、個人からの資本投資をますます呼び込まなくてはならず、だから債務国と化している、という論旨に行き着く。
これは説得力のある説明のように思われているが、貿易赤字が外資導入を招いているという結論を裏付ける証拠は、実際には存在しない。たしかに、双方が同時に生じるという証拠は多数あるが、それは、国際収支の3要素(財貿易収支、サービス貿易収支、資本収支)の合計はゼロになるという、マクロ経済の測定原則を反映しているにすぎない。つまり、財・サービス貿易の収支が赤字の場合、同じ分だけ資本収支は黒字でなければならないはずだ。
しかしそれは、「貿易赤字が資本流入を引き起こす」ことを意味しない。資本流入によって貿易赤字が生じることも、同様にありうるのだ。
はたして、どちらがどちらを引き起こすのだろうか。
たしかなことは言えない。しかし、以前に米国が(当時の経済にしては)継続的に大幅な財貿易黒字を計上したのは、第二次世界大戦後にマーシャル・プランの資金を賄うべく、欧州に巨額の資本を輸出したときだった。そのことを覚えておいて損はないだろう。
ちょっとした思考実験をしてみよう。
ある国が、資本の投資先として世界で最も魅力的だとしよう。世界で最も大きく豊かな市場と、世界で最も普及している取引可能な通貨を持ち、投資家の権利保護にも細心の注意を払う国だからだ。その先進的な経済は、サービス産業中心の経済への移行において世界をリードしているため、世界最大のサービス貿易黒字――第2位の国の2倍以上――を計上している、と想像してみよう。
標準的なマクロ経済理論に従えば、この想像上の国は世界最大の財貿易赤字を出すことになる。それは国に競争力がないとか、国民が浪費家だということとは何の関係もない。巨額の財貿易赤字を出さなければ、最高の投資先にもサービス輸出国にもなれないのだ(なぜなら前述のように、国際収支の3要素の合計はゼロになるはずだからだ)。
ところで、この謎の国とは、もちろん米国である。そしてこの理論に基づけば、米国の貿易赤字は、この国の他国に勝る繁栄とノウハウによる必然の帰結ということになる。これを踏まえると、貿易赤字は非難されるどころか、自慢すべきことなのだ。