コミュニティづくりにおける
グーグルの知恵
「会社や制度は、基本的にバジェット(予算)ありきで動くものです。コミュニティ運営においても予算があるに越したことはありませんが、コミュニティの成長ということを考えると参加者のパッションありきで設計した方がいいですね。『この活動は正しいと思う』や『このサービスが好きだ』といったパッションドリブンであると、予算に振り回されることなくコミュニティを維持することができます」
コミュニティ運営は資金や時間をかければうまくいくというものではない。初期から予算ありきでデザインしてしまうと、いつまでも提供者側がヒト・モノ・カネを投入しないとコミュニティが維持できないという事態に陥る。人を集めるための資金を集める前に、コミュニティが何のためのものか(テーマ)が、呼び込む人たちの参加する動機として成立するかどうかを吟味する必要がある。つまり、マネーよりもパッションが優先された設計でなければならないということだ。
もっとも、企業発のコミュニティの場合、パッションだけでは成り立たない面もある。そそこで、コミュニティの存在価値を企業の内部に説明できるように「仕立てる」ことも重要だと山崎氏は言う。
「東日本大震災が発生した際に、グーグルのデベロッパーたちが被災地にできることを考えたいという思いから、Hack For Japanというコミュニティを立ち上げました。グーグルだけでなく、マイクロソフト、リクルートメディアテクノロジーラボといった企業とも協力し、被災地に貢献できることを模索するべく、ハッカソンやアイデアソンを行ったのです。その際にも、会社には東日本大震災という未曽有の事態に対して果たすべき企業の役割を示した上で、売り上げやCSRという面でも効果的であることを説明しました」
また、コミュニティ運営は立ち上げただけでは終わらず、その後のサポートにも工夫が必要だという。
山崎氏が携わっていたローカルコミュニティにグーグル・デベロッパー・グループ(Google Developer Group=GDG)がある。グーグルの製品や技術に関心のあるエンジニアが各拠点に集い、たとえばAPIの活用について共有したりするコミュニティだ。Androidなどグーグルが関わるエンジニアリングを学びあえる「寺子屋」をイメージしてもらうといいだろう。GDGは世界中のありとあらゆるところに存在していて、特定の地域でGDGを立ち上げたいと思えば、誰もがリーダーとして名乗りを上げることも可能だ。その一方で、コミュニティの構築にはグーグルとしての条件も付けている。
「リーダーになった人には、イベントを必ず開催してもらいます。イベントを開催しないGDGはグーグルとしてリーダーの交代を要請したり、承認を取り消したりすることもあります。コミュニティの参加者は、そこで何かしらの情報や関係を期待しているわけです。アクティブであることはコミュニティの最低条件と考えています」
コミュニティの運営に自由度を持たせながら、運営者としてコミュニティのあるべき姿を追求することは難しい。グーグルはイベントの開催頻度という条件を設定することで、その両立を図っているといえよう。
そして、イベントの開催に関連して、山崎氏が重要視するのは「物理的な場所をつくる」ことだ。
「グーグルではサンフランシスコやベルリン、イスラエルといった世界各地に、オフィスに併設する形でスペースを設けています。ここは、いつでもイベントが開催できるようなオープンな場所となっています」
この取り組みには大きく2つの利点がある。
1つはイベントの開催ハードルが下がるという点だ。実はイベントの課題として、場所に関係する負担は意外に大きい。確実に借りられることに加えて、慣れた場所で開催することで運営側の負担を減らすこともできる。
もう1つはコミュニティの運営者と参加者の境界が取り払いやすいという点である。グーグル社員はオフィスに近く、しかも自社の所有スペースでイベントが開催されているため、気軽に立ち寄ることができる。グーグル社員にとってはイベントの参加者に自分たちの技術がどう使われているかを知る機会になり、イベントの参加者にとってはグーグル社員から最新かつ専門的な知識を学ぶ場となるのである。
これらのメリットは、ロフトワークの取り組みで実感していることでもある。
2017年に渋谷にオープンした、パナソニック、カフェ・カンパニーの3社で設立した「100BANCH」というスペースがある。ここはベンチャー企業向けにアクセラレーションプログラムを展開する場だが、イベントスペースも兼ねる。物理的な場所を設けた結果、100BANCHに集うプロジェクトは横のつながりが生まれ、100BANCHのタグラインである「100年先の未来を豊かにする」という点で期待以上のアイデアが生まれつつある。