人はなぜ、高額商品を購入するのだろうか。機能性だけを考えれば、何百万円もするバッグや、何千万円もする車は必要ないだろう。その答えは、「アイデンティティ」にあると筆者は指摘する。そうであるならば、マーケターは価格を決定する際、「顧客は何が欲しいのか」だけでなく「顧客はどんな人になりたいのか」を考慮する必要がある。


 人はどんなときに、とんでもなく高い価格を快く支払おうとするのだろうか。

 実際、たとえば次のようなものに高額を支払う人はいる。英国のサウサンプトン、カリフォルニア州のカーメル、コロラド州アスペンといった好立地にある別荘。マンハッタンの432パーク・アベニューやサンフランシスコのミレニアム・タワー(後者は世間から忘れられているかもしれないが)のような、有名な超高層ビルの分譲マンション。デザイナーの名前が付いた高級なファッションアイテム、たとえば途方もなく高額なエルメスのバーキン・バッグ。

 あるいは車だ。50万ドルするロールス・ロイスのファントムが、どうしても必要なのだろうか。25万ドルの、ベントレーのフライングスパーではだめだろうか。それとも15万ドルの、BMWのM760で妥協できるだろうか。

 その答えは、アイデンティティに他ならない。このような商品を買うことにより、自分が何者なのかを自分で強く意識でき、他者にもその同じ認識を持ってもらうよう、仕向けることができるのである。

 これは単に高級品の性質であって、上述のすべてはその例にすぎないと、読者は最初に思うかもしれない。だが数十年前、私は同じ現象を、高級品に限らず目にした。非常に低価格の、高級品の部類ではないもの、たとえば雑誌である。

『ヴォーグ』『ワイアード』『ナショナルジオグラフィック』『ベター・ホームズ・アンド・ガーデンズ』の年間購読料は月々1ドル以下であり、けっして高級品ではない。しかしやはり、人が快く支払おうとする価格は、アイデンティティによって決められているのだ。

 私が個人的にそう腑に落ちた背景には、1990年代中頃、『ザ・ニューヨーカー』誌の当時の発行者トム・フロリオおよび編集長ティナ・ブラウンとともに、同誌の再生戦略に取り組んだ経験がある。