ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。第99回は世界的な経営学者であるスタンフォード大学経営大学院教授のチャールズ・オライリーとハーバード・ビジネス・スクール教授のマイケル・タッシュマンによる『両利きの経営』を紹介する。

深化と探索を両立する経営

 コダック、ブロックバスター、シアーズ・ローバック……。業界をリードし、成功をおさめた企業であっても、その好調が永続するわけではない。そのことは、米国企業のみならず、日本企業にも当てはまる。

 本書は、監訳者の入山章栄氏が述べるように「成熟した大企業・中堅企業がイノベーションを起こすうえで、経営学において最も重要といえる『両利きの経営』理論を、同分野を切り拓いてきた世界的な経営学者であるスタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授とハーバード大学のマイケル・タッシュマン教授が、圧倒的に豊富な事例をもとに解説していく本」である。

 企業活動における両利きとは、主に「探索(exploration)」と「深化(exploitation)」という活動が、バランスよく高い次元で取れていることを指すという。既存の資産と組織能力を深化させることは、既存事業の延長線上にあり、短期的な成功も見えやすいので取り組みやすい。一方、探索の方は、実験などを伴う新しい技術やビジネスモデルを求める活動で、負荷が大きい。

 成熟企業は、資金や人材をはじめとする資源が揃っていることが多い。両利きの経営がいう、探索と深化の両方に踏み出せそうな気もするが、それは簡単ではない。本書では数多くの企業事例が登場するが、失敗した企業の多くが、かつての成功にとらわれて、既存事業の市場を奪いかねないような新事業に踏み出せなかったり、縮小する既存事業の維持に資源を投入してしまったりと、深化のほうにばかり傾倒している。

リーダーシップが成功を左右する

 では、どうすれば両利きの経営を実現できるのか。本書でその答えとして提示されるのが「戦略的意図」「経営陣の関与・支援」「組織構造」「共通のアイデンティティ」という4つの要素であり、これらを揃えることが成功に結び付くと述べる。

 それとともに「両利きの経営を成功させることは、まぎれもなくリーダーシップ課題」だと筆者が強調している点は、非常に興味深い。イノベーションの必要性は、今の時代、誰もが痛感しているだろう。けれども「変われない」という悩みを多くの企業が持っている。それを打破するには経営層のリーダーシップが必要だと明確に述べており、その役割についても紙幅を割いて説明していることで、本書は実践の書としても価値があると感じる。

 本書は事例も豊富で、ページ数も多い。まずは、冒頭の入山章栄氏の解説と巻末の冨山和彦氏の解説から読むことをおすすめしたい。入山氏の解説では、本書で詳しく述べられていなかった概念の補足や、各章のポイント、この本の読み方についても触れてある。この書籍の全体像をつかめるはずだ。

 そして巻末の冨山和彦氏の解説では、実務家の立場から、この本の意義が書かれている。「なぜ、圧倒的な顧客基盤と経営資源を有するナンバーワン企業の多くが、時代の変化、とりわけ破壊的イノベーションの波に飲み込まれ、はなはだしい衰退に追い込まれるのか?」という冨山氏の問題意識は、特に経営に関わる人は共感でき、本書を読み進めるうえでの指針にもなるだろう。

 成熟企業のアドバンテージは、これまで築き上げてきた資源を活用でき、まだ失敗を許容できる体力があるという点である。業績が好調なうちに、現状の延長線上の成長を見据えるのではなく、両利きの経営へと舵を切る。本書はその必要性と実践への道筋を教えてくれる1冊である。