女性の社会進出が進み、母親が子育てしながら仕事をするのは珍しい光景ではなくなっている。ただ、企業側の理解や支援が十分かというと、そうとは言えない。たとえば、母乳育児中の母親に対するサポートは不足している。米国では、雇用主が搾乳の環境整備をすることが法律で定められているが、その取り組みはまだまだである。筆者は、企業が自発的な育児支援に取り組むことは、法律上の義務を超えて、人材の維持・獲得にも効果を発揮すると指摘する。


 パラメディック(救急救命士)として働くキャリー・クラークは2014年、男児を出産してから職場復帰した際、搾乳できるスペースを設けてほしいと人事部に願い出た。しかし、彼女が勤務する消防署ではそのような便宜は図れないと告げられたため、他の消防署への異動願いを出した。代わりにその消防署に移ってもいいと言ってくれる同僚も見つけた。それでも、彼女の異動願いは無視された。

 クラークは、定期的な搾乳に必要な空間を得られなかったため、息子にとって十分な母乳を産生することが困難となった。これは、母乳育児に対する差別からくる副産物であり、多くの女性が直面する問題である。

 クラークが抗議すると、嘲笑の的にされ、より過酷な訓練を強いられた。そのうえ、度を超す監査の対象にされたばかりか、男性の同僚からは冷やかしの言葉を浴びせられたと、のちに彼女が雇用主を相手取って起こした訴訟で述べられている。

 クラークの体験は、けっして珍しいものではない。2016年にミネソタ大学が実施した調査では、対象となった女性の60%が、搾乳に必要な休息やスペースを得られていないと答えている。あらゆる業界において、授乳期間中の女性従業員は、配慮の乏しさやハラスメント、あるいはさらに悪い状況に直面しているのである。母乳育児に対する差別は蔓延している一方、それを防ぎ、適切に対処する予定の雇用主は極めて少ないのが現状だ。

 つい最近まで、母乳育児に対する差別により、雇用者側が法的に責任を問われることはまれだった。だが、状況は急速に変化している。

 母乳育児に対する差別をめぐる訴訟件数は、他の雇用問題関連の訴訟数に比べるといまだ少ないものの、近年急増傾向にある。カリフォルニア大学ヘイスティングス・ロー・スクールのセンター・フォー・ワークライフ・ローが実施した研究によると、わずか10年で8倍に増えている。

 実際、2019年2月には、デラウェア州のケンタッキー・フライドチキンで働くシフト勤務の女性が、搾乳のための休息を与えられなかったとして会社を訴え、裁判所は雇用主の過失を認め、原告の女性に150万ドルの賠償金を支払う評決を下した。2019年4月にアリゾナで行われた裁判では、搾乳環境を整える要請を受け入れず、抗議への報復までされた前述のクラークに、380万ドルが支払われることになった。