顧客理解を深めるうえで、データ分析はもちろん有効である。だが、画期的な商品やビジネスモデルを生み出すには、顧客との直接的なつながりを深めて、顧客体験の観察からインサイトを導くほうが圧倒的に効果的である。社員一人ひとりをリサーチャーに変え、日常の仕事から素晴らしい気づきを得るためには、どうすればよいのか。
大量のデータを処理して情報を抽出することが、顧客を理解し、成功する商品やビジネスモデルを生み出す。そのように思ってはいないだろうか。定量的な市場調査と分析はもちろん重要であり、有用ではあるが、ブレークスルーにつながるアイデアとなると、個々の顧客体験に頼るのが効果絶大だ。
定性的な顧客インサイト(潜在的な購買トリガーのヒント)を得る仕事は、外部のリサーチ会社に委託される場合が多い。私は、顧客調査を当たり前のように外部に頼むことには、再考の余地があると思っている。
商品開発戦略の一部になってしまっているのかもしれないが、いまは社員一人ひとりが、ビジネスや顧客を戦略的に深く理解することが必要になっている。社員はリサーチャーになれるだけでなく、ますますそうならなければならないし、それによって私が以前書いたように、企業は「インサイト・ドリブン組織」に変わるべきなのだ。
これまでのようなアウトソーシングは、時間がかかり、時間的制約もある。また、予算・調達・契約に関わる手続きやプロジェクト管理など、数多くのリソースを要する。そのため、時折にしか実施されない特別な出来事になりがちだ。しかし、さまざまな立場にある社員が定期的にインサイトを生み出す役割を与えられたとしたら、彼らが日常的にセンサーとなり、いまよりもデータ・発見・インサイトをひと続きの流れの中で得ることが可能になる。
では、そのためにはどうすればよいのだろうか。社員が常に顧客インサイトのセンサーとなるような組織は、どうすればつくれるのだろうか。それはなぜ、外部のリサーチ会社に頼むよりいいのだろうか。
私は、前回このテーマについて書いてから、さらに研究を進め、大手企業数社にこの考え方を導入し、ある枠組みの実地試験を行った。それにより、自社のマネジャーや社員に顧客の考えや抱えている問題、顧客体験とのつながりを強めてほしいという企業を支援してきた。
その枠組みとは、以下のようなものである。
1. 第一線に立つ社員に限らず、顧客インサイトのセンサーに向いている社員の見極め。
2. 選ばれた社員が顧客とつながるための方法、ツール、トレーニングの設計。既存および新規の商品やビジネスモデルのためのインサイトの創出。
3. 新しい顧客インサイトをつかみ、適用し、評価するプロセス、すなわちデータをどうにかして商品イノベーションにつなげる「顧客インサイト創出プロセス」の構築。
4. 顧客エンゲージメントの優先課題化。そのために、センサーとなる社員に一定の時間や自由を与えること。
たとえば、スイムウェア世界最大手のアリーナは、世界中の営業担当者を使って顧客インサイトを生み出している。
最初にスマートフォンと簡単なアプリで写真、動画、コメント、発見などを投稿できるように教育した。全体の議論は本社のデザイン部門が進行し、データ要素を整理した後、新しい仮説を立て、必要に応じて追加データを依頼する。最後に、検証済みの重要なインサイトを商品開発プロセスに組み込む。そうしたインサイトが、まったく新しい商品につながったケースもある。
たとえば、こんな事例がある。水泳初心者の中に、プールに数回通っただけでやめてしまう人がいることに、アリーナの営業担当者が気づいた。すると、その顧客セグメントは何かありそうだから探ってみようということになった。
そこで営業担当者がオブザベーション(顧客観察)やヒアリング調査を行ったところ、このグループは初心者が共通して悩む、息継ぎの方法でつまずいていることがわかった。息継ぎが上手にできないと水をかく動作に支障が生じ、水中でスムーズに動けなくなる。
このインサイトを基に、アリーナは「フリースタイルブリーザー(自由型用息継ぎ器)」という、それまでにない製品を開発した。市販されているほとんどのゴーグルに取り付けられる、プラスチック製の2枚組の羽のような器具で、主に3つの機能がある。バウウェーブ(船首波)を高めるため、エアーポケットに楽に呼吸できるようになる。口と鼻に水しぶきや滴が入らないため、呼吸が邪魔されない。そして、水を吸い込む不安やリスクが減ることから、頭や体が回転しすぎるのを防ぐ。