Aクラス社員が抱える問題とリスク

 ジェーンはハーバード・ビジネススクールをトップの成績で卒業した後、大手広告代理店に入社し、責任のある仕事を次々に任せられ、トントン拍子に昇進していった。クリエイティブ・ディレクターの職に就くまで、だれの目から見ても「Aクラス社員」、すなわち社内一の才能の持ち主で、生産性の高い社員になっていた。

 ところが破格の待遇を受け、一部からは社内で最も刺激的といわれている仕事に就きながら、ジェーンは密かにヘッドハンターと接触していた。彼女は、自分は正当に評価されていないと感じていたのだ。彼女はいつでも要求以上の仕事をこなし、上司も「よくやった」とねぎらった。それは、彼が口にしたほめ言葉のなかで最高のものだった。

 しかしジェーンは、これに満足できなかった。だから、彼女はもっともっと働いた。にもかかわらず、それ以上のほめ言葉をもらえることはなかった。自分の働きにきちんと報いてくれない上司がいまいましかった。

 やがて彼女はライバル会社に引き抜かれた。その会社から提示された仕事は、前ほどやりがいのあるものではないことは彼女も認めざるをえなかった。ジェーンにとっても、彼女に去られたこの広告代理店にとっても、この顛末は敗北だった。

 Aクラス社員のだれもが、ジェーンのように精神的にもろいわけではない。実際、桁外れに優秀でも、第三者から格別の関心を払ってもらう必要のない人もいる。そのような人材には生来の矜持と総明さが備わっており、あくせくせずとも、いつも最大限の力を発揮できる。当然ながら、このような人材は最も貴重な社員だが、それなりの問題とリスクも抱えている(囲み「健全なAクラス社員の処遇」を参照)。

健全なAクラス社員の処遇

健全なAクラス社員もいる

 私は、問題を抱えたAクラス社員のために雇われることはあっても、普通に機能しているAクラス社員にコーチングを提供することはない。このようなAクラス社員はあくせくすることなく功を遂げている。そして、この点が最も重要だが、ほとんど葛藤に悩むことなく昇進している。

 このような人たちが、これまで精神分析医の診察室のドアを叩いたことはないだろう。そして、今後もきっとないのではないか。

 ただしこのことが、彼ら彼女らには開発すべき専門分野や内に秘めたニーズがないという意味ではない。

 ただし、そのようなニーズは少なく、対応も難しくないとはいえ、それでも最優先課題とすべきである。なぜなら彼ら彼女らは、みすみす他社に引き抜かれるわけにはいかないAクラス社員だからだ。

聡明だがまだ世慣れていない

 問題なく働いているAクラス社員は、精神的に不安定なAクラス社員のように、上司がメンターを務めなければならないと判断される振る舞いを見せることはない。情緒不安定な頑張り屋とは違って、自分の限界をわきまえているからだ。

 そのようなAクラス社員でも、キャリア上、まだ身につけていない対人関係スキルが要求される場面に直面するだろう。上司もこのことを忘れているかもしれない。

 彼ら彼女らは出世街道を驀進してきたため、対人関係スキルを身につけることができなかった可能性がある。

 例えるとするならば、飛び級したことで、13歳なのに高校3年生になってしまい、卒業記念のダンス・パーティでどのように振る舞えばよいのか、まったく要領を得ない子どものようなものだ。

 法律事務所には、アソシエートたちに副責任者としての役割を任せてみるという習慣があるが、これは新米弁護士に法廷に立つうえで求められる対人関係スキルを身につける方法の指針となる。

 顧問先に出向いたり、クライアントと会ったりする時、Aクラスの若手弁護士を副責任者として連れていけば、ベテランはどのように対話するのか、観察させることができる。

 その結果として、この若手弁護士はとても有意義なスキルを学ぶことができるだろう。

若手には寛容だが社内人脈に乏しい

 健全なAクラス社員は、情緒不安定なAクラス社員のように、若手や目下の者に敵対的ではないが、はたしてBクラスやCクラスの社員たちを大事な同僚として見なすのかどうかは疑問である。

 情緒不安定なAクラス社員と同じく、彼ら彼女らも人格形成期には教師のお気に入りであり、それゆえ権威主義に身を委ねているほうが何かと気楽であった。その結果、いざマネジャーになろうかという時になって、同僚とうまくつき合えないことに気づく。キャリア上、それが最も重要となる時だというのに──。

 ただし、内なる葛藤がないために、だれかのメンターになることにも苦を感じない。そこで、仕事を学ぶ必要があるCクラス社員のメンターには、できるだけAクラス社員を当てることをお勧めする。

 メンターに関して書かれた書物によれば、メンタリングの成果の一つは、メンターとその助言を受ける社員の間で親密な絆が形成されることである。Aクラス社員はこの個別指導の結果として、やがては職場内に友好的な人脈を形成できるであろう。

野心的だがその真価が試されていない

 私が、健全なAクラス社員へのコーチングを頼まれたのは、唯一、キャリア半ばの倦怠期ゆえに燃え尽き症候群に陥ってしまった社員のみである。

 スイスイ出世していっても、いつかはスピードが鈍る。出世街道を驀進し、給料もどんどん上がり、同期に大きく水を空けても、ある地点に達すれば、伸び悩む時が必ず訪れる[注]

 競馬で言えば、ゲートをスタートし、最初のカーブ前後で先頭に立とうと争って、トップを目指して疾走する。それが競馬の醍醐味だ。ところが、後続の群れを3ハロン(約600メートル)引き離したら、目の前に真っすぐに伸びる長いバックストレッチは退屈極まりない。

 行動し、その対価として報酬を得ることに慣れたAクラス社員にとって、この長いバックストレッチは危険との背中合わせである。目新しいことは少なく、倦怠感に陥る危険がある。

 このジレンマへの唯一の答えは、彼ら彼女らの実力が試される課題を与えることだ。もし彼ら彼女らと一緒になってその課題の中身を考えれば、健全なAクラス社員に過度な負担がかかる結果にはならない。彼ら彼女らは、このような成長のチャンスに熱心に取り組むことだろう。

 もしあなたがそのチャンスを与えないならば、だれかほかの人がそれを与えることになろう。それは、おそらく別の会社のだれかが──。

【注】
Robert Morison, Tamara Erickson, and Ken Dychtwald, "Managing Middlescence," HBR, Mar. 2006.(邦訳「なぜ中年社員を再活性化できないのか」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2006年12月号)を参照。

 管理者であれば、だれもが承知しているとおり、エゴが抑えられる優秀な社員というのは珍しい。それよりもはるかに一般的なのはジェーンのような、だれかに認めてもらいたいという内なる欲求を満足させることにやっきになっている人々である。

 第三者に認めてほしいという気持ちは、往々にして不当な評価を受けていると感じている証拠にほかならない。こうしたAクラス社員の上司は、当の本人も自覚していない、賛辞と評価への渇望に注意しないと、早晩彼ら彼女らは燃え尽き症候群に陥ってしまう。それは、本人にとっても会社にとっても打撃である。

 マネジャーはセラピストやエグゼクティブ・コーチではない。また、そうある必要もない。ただし、Aクラス社員を突き動かしているものは何なのか、その理解に努めることは、組織のためになるであろう。

 私は30人余りのCEO、十指に余るCOO、ほぼ同数の法律事務所の所長たちを対象にコンサルティングやコーチングを提供しながら、Aクラス社員に共通して見られるパターンを観察してきたが、それらを掘り下げて分析すれば、彼ら彼女らとそのキャリアをどのように管理すべきかを学ぶ一助となろう。

 以下で、Aクラス社員の心理と行動を探り、成績優秀な社員をさらに有能なスターへと変身させる方法を提案したい。