●経営トップが本気で取り組む

 デジタル時代の新たなビジネス手法に取り組もうという理念は、まず経営トップから示さねばならない。ロレアルでは、CEOのジャン・ポール・アゴンが、最高デジタル責任者および経営執行メンバーとしてリュボミラ・ロシェを迎え入れたことで、同社のデジタルトランスフォーメーションへの取り組みを示す合図となった。

 ロシェの最初の仕事は、リーダーシップ開発プログラムの立ち上げであった。デジタル時代に自社を成長させるために必要となる知識、マインド、仕事のやり方を、幹部らに習得させることが目的だ。

 ロレアルの上級幹部1000人が、さまざまな学習体験への参加を通じて、自身の地域や事業におけるデジタル計画を策定できるようになった。そして、計画の実行に向けて、自組織の人員が手本とすべき行動モデルも打ち出すことができた。たとえば、積極的に実験する意欲、外部とのパートナーシップを歓迎する姿勢、より自律的なチーム構造などだ。

「いまでは全社中で、リーダーたちがみずからの声を通して、明確で覚えやすいデジタルグループ戦略を推進しています」とロシェは言う。

 経営トップが本気の取り組みを示す別の方法は、消費者が使っているツールを、リーダーがみずから使ってみることだ。ネスレのデジタルおよびソーシャルメディア部門グローバルヘッドのピート・ブラックショーは、消費財企業のリーダーに対し、発展中のデジタルプラットフォームとデジタルチャネルを個人的に使ってみるよう勧める。デジタルという新たな枠組みを、従業員、提携エージェンシー、サプライヤーに現実として受け入れさせるためには、それが必要なのだという。

 ブラックショーはこう述べる。「私は新しいプラットフォームを常に使って、試しています。ライブ動画、フェイスブックの投稿、インスタグラムのストーリーや、他にもいろいろです。これらを自分で体験しておけば、大規模なキャンペーンを売り込んでくるエージェンシーやハイテク企業のセールストークに対して、厳しい質問や要望を投げることができ、優位に立てます。みずから体験することで、自分をより優れたマーケターにできるわけです」

 ●従業員から消費者への直接的なアクセスを可能にする

 製造元が小売企業に卸し、そこから最終消費者に販売されるという方法に頼る、従来の小売モデルを一変させているのが、ワービー・パーカー(眼鏡)、グロッシアー(コスメ)、ダラー・シェーブ・クラブといった急成長中の消費財企業だ。

 プラグ・アンド・プレイ(デバイスをコンピュータに接続すると、すぐに自動設定され使えるようになる)のeコマース技術、SEO(検索エンジン最適化)、その他もろもろの流通・販売ソリューションのおかげで、製品を消費者に直接届けることは、かつてなく容易になっている。この変化は消費財企業にとって、消費者の嗜好と習慣に関する豊かなインサイトを得る好機となり、それが売上げの向上につながる。

 ただし、そのインサイトを得るためには同時に、社内のチームを消費者にもっと接近させるよう、組織構造を変えることも必要だ。そしてソーシャルリスニング、ユーザー調査、カスタマージャーニーのマッピングなどを可能にする発展中の新しいツールは、消費財企業のデジタルトランスフォーメーションを導く強力な味方になる。

 一つの事例として、英国のエネルギー会社セントリカが立ち上げたスマートホーム機器開発部門、コネクテッド・ホームがある。同社はスタートアップのように動くチーム体制を取り入れ、ユーザー調査、フィードバック、無駄のないオペレーションの厳守にひときわ注力してきた。このアプローチが奏功し、同社のスマート・サーモスタット機器であるハイブ(Hive)は、わずか数年で市場リーダーとなった。

 コネクテッド・ホームの元取締役カシール・フセインは、次のように語った。「消費者の混乱と不満が頻繁に生じうるこの分野で、我々が注力したのは、ユーザーへのインタビュー、ミーティング、テスト、デモを定期的にやることです。このサイクルを通して、シンプルで使いやすく、消費者の実際のニーズに応える製品をつくることができたのです」

 競争が激しいエネルギー市場で、コネクテッド・ホームはいまや親会社のセントリカにとって、大きな差別化要因かつ利益創出源となっている。

 ●従業員に機敏性を重視するよう促す

 デジタルトランスフォーメーションの取り組みでは、アジリティ(機敏性)が成功へのカギとなる。

 今日のテクノロジーと消費者ニーズは、伝統的なロードマップでは対応が追いつかないほど速く変化している。従業員はそのペースに合わせていくために、準備を整え権限を持つ必要がある。この変化を後押しする最善の方法は、機敏な行動を促すような日々の活動・行動を、具体的に設けることだ。

 一例として、P&Gアジアを率いるデボラ・ヘンレッタ(本稿筆者の一人)が導入した活動がある。彼女は自組織に対し、あらゆるデジタル資産――自社および顧客のウェブサイトや、ソーシャルメディアの各種チャネルを含む――を四六時中モニタリングする体制に入るよう促した。そのために、一連のリアルタイムのダッシュボードと頻繁な報告システムを導入。これらを通じてチームは、消費者の行動と活動の実状を絶えず把握しておくことができる。

 すべての製品が物理環境で売られていた頃の、四半期や年次の報告に比べ、これははるかに速いペースである。チームはこの新たなシステムによって、ウェブページの読み込み時間、消費者のレビュー、ソーシャルメディアでの意見・感情など、あらゆる事項を注視し続けることを学んだ。

 ●「従業員体験」の設計に注力する

 一部の有力企業は、ユーザー体験の設計を応用して、従業員体験の見直しを図っている。必須人材の誘致と保持をより効果的に行うため、そしてよりオープンで流動的な働き方を取り入れるためだ。

 そこには、従業員のモチベーションをもっと的確に理解したいという望みがある。彼ら彼女らの多くは、まだ新しく発展段階にある業務や役割を担っている人々、あるいはキャリア上のモチベーションと期待事項が前時代とは大きく異なる世代だ。

 これらの企業は、ジャーニーマップ、ペルソナ構築、ユーザー調査といったツールを用いて、勤務時間における節目ごとの業務目標に沿った従業員体験を、大きく変えることができている。

 高級品を扱うフランスの巨大グループ、LVMHのファッション部門は、こうしたアプローチを取り入れている組織だ。同部門でグローバル人材開発のマネジャーを務めるナタリー・シュブーは、こう述べる。「私たちはユーザー体験設計などの分野を応用して、採用、新人研修、能力開発、人材保持における必須要素を見直すことができています。それをもとに、従業員体験を向上させるジャーニーマップを作成しています」

 LVMH傘下のフランス高級ブランドのセリーヌでは、パリの営業担当者らのあいだで体験の質にばらつきがあったが、ジャーニーマップによってそれが緩和され、4つの新たな施策へと結実した。その一つは新たなジョブシャドーイング(職務体験)制度であり、従業員は部門横断的に他の職務への理解を深められるようになった。

 この制度によって、社内での人の流動性が高まっている。変革が進行中の環境では、組織構造の変化が頻繁になるため、人材の流動性は重要なメリットだ。

 ●従業員の生涯学習に注力する

 業界の変化のスピードに対応しようと努める大手消費財企業において、学習と実行は、もはや別々のものではありえない。従業員のスキル向上施策に、定期的かつ頻繁に注力する必要がある。そして、従業員にとって時間はますます貴重となっており、時間的ニーズに即した形で教育を提供する必要もある。

 ロレアルの1万4000人を超える従業員は、過去1年間にわたり、同社独自のスキル向上プログラムに参加し、修了した。一連のオンライン授業が必修とされ、実践的スキルを重視した的を絞ったワークショップが、個々の地域市場で開催された。

 このプログラムは、教育支援会社のゼネラル・アセンブリーとロレアルで共同開発したものだ(筆者らの一人は前者に所属し、もう一人は前者のアドバイザーを務めている)。習得スキルには、SEO、デジタルメディア配分、デジタルアナリティクスなどが含まれる。

 この取り組みは、ロレアルのデジタルトランスフォーメーション・ラーニング・ディレクターを務めるキャミーユ・クロリー主導の下、グローバルで展開された。「個々の従業員に学んでほしいデジタル知識の、基準を設計することに尽力しました」とクロリーは述べる。「学習を促すために、世界中でさまざまな手段を駆使しました。ゲーミフィケーション、インセンティブの提供、経営幹部からの働きかけなどです。おかげで、推奨したスキル向上課程の修了率はグローバルベースで90%という、見事な結果が出ました」

 新たに習得されたスキルは、成果を生んでいる。ロレアルは現在、全メディア予算の32%をデジタルチャネルに費やしている。eコマースの売上高は、2016年単年で33%増えた。その後も同社の売上げと利益は目覚ましい成長を見せており、世界中の美容業界でイノベーションをリードしている

 デジタルトランスフォーメーションとは、テクノロジーだけの問題ではない。会社がいかにして従業員に意思を伝え、彼らの足並みを揃え、再教育するのか――。消費財業界の新たなパラダイムを巧みに活かすには、これらが根本的に重要となるのだ。


HBR.org原文:5 Ways to Help Employees Keep Up with Digital Transformation, September 27, 2017.


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