HBR STAFF/COURTESY STARBUCKS

スターバックスを世界的コーヒーチェーンに育て上げたハワード・シュルツは、2017年、IT企業の要職にあったケビン・ジョンソンへとCEO職を譲り渡した。異業種での挑戦というだけでなく、伝説的経営者からバトンを受け取ることの重圧は計り知れない。『ハーバード・ビジネス・レビュー』編集長のアディ・イグナティウスが、ジョンソンの経営哲学を聞いた。


 長年IT企業の要職にいたケビン・ジョンソンは、どのようにしてスターバックスのCEO職にたどり着いたのだろうか。

 すべては2012年、ジュニパーネットワークスのCEOを務めていた当時、皮膚がんと診断されたことに端を発する。それから数ヵ月間、ジョンソンは自分が診察や医師との面談の日程を何度も変更したり、キャンセルしたりしていることに気づき、はたと立ち止まった。「なぜ自分の健康よりも仕事を優先しているのだろうか。命に関わるかもしれないのに」

 そして、仕事を辞めた。妻や家族、友人と過ごす時間をつくるため、というのが実際の理由だった。

 先週のインタビューで、ジョンソンは「このとき自分に新しいルールを課した」と語った。「これからは喜びを与えてくれることだけをやる」

 それから2年後、スターバックスの当時のCEOハワード・シュルツからランチに誘われる。すぐに同社に入社し、2017年にCEO兼社長に就任した。「だから、いまこうしてスターバックスにいて、大事だと思う人たちと一緒に、自分が喜びだと思うことをやっているんです」

 以下、インタビューでのやり取りをまとめた。

HBR:すごいお話ですね。でも、周囲からはこう言われませんか。「大きなIT企業のCEOだから簡単にできるんだろう。自分にはとてもできない」と。喜びは、仕事をする誰にとっても行動指針になると思いますか。

ジョンソン:誰もができることだと思います。ただ、その前に自分探しが必要です。本当に自分らしく(オーセンティックで)あるためには、弱さを見せることが必要ですし、自分自身の気づきが必要です。

 自分がなぜいまのような自分になっているのか、どんな人生経験があっていまの自分があるのか、自分にとって何が本当に大事なのかを理解する。一度その域に達したら、少なくとも私の場合は、解放されて自由になりました。

 あなたの場合はハワード・シュルツ氏ですが、創業者でもあるCEO、しかも非常に認知度の高い創業CEOの後を継ぐのは、どのような気分なのでしょうか。

 どんな企業にとっても、私のいう「創業者主導(founder-led)から創業者精神の継承(founder-inspired)」への移行が、最も大きな転換点になる場合が多いのではないでしょうか。それがアイコニックな世界的コンシューマーブランドとなると余計にハードルが高いですし、アイコニックな世界的コンシューマーブランドであるうえに、会社の顔ともいえるカリスマ創業者がいたとなると、難しさはさらに10倍です。

 3年ほど前、ハワードがCEOを退任して私が後を継ぐことを公にする前の日、パイクプレイス店をいつもより早く閉めました。パイクプレイス店というのは、シアトルにあるスターバックスの1号店です。その晩、ハワードと私と経営チームは、これまで何百万、何千万というお客様やスターバックスパートナー(従業員)がその上を歩いてきた店のフローリングの床に一緒になって座り、いろいろな話をしました。

 しばらくするとハワードが立ち上がり、ポケットに手を突っ込むと、その中から鍵を1つ取り出したんです。「ケビン、これは私専用のパイクプレイス店の鍵だが、引き継ぎの象徴としてあなたにプレゼントしたい」。そう言われました。私は、この鍵を肌身離さず持ち歩いています。私が果たすべき責任を表す象徴だからです。つまり、残すべき過去を知ること、そして大胆に将来に投資する勇気を持つことです。新しい発想や発明がなければ、世界から取り残されてしまいますから。

 ハワードが直感的に決断するのに対し、あなたはエンジニア出身だからでしょうか、どちらかと言えばプロセス重視の印象を持たれています。この見方は正しいでしょうか。

 そうですね、私は分析的な面が強いと思いますし、それを自覚しているつもりです。ハワードが35年かけて培った組織としての知識を私は持っていませんし、持っているふりをしようとも思いません。

 データを判断の参考にしますが、それだけでなく、分権的なリーダーシップモデルを信じ、採用しています。ですから私個人というよりも、チームとしてやっていることです。週に1億人超の顧客を相手にする組織として、分権的リーダーシップモデル、明確なアカウンタビリティ、データ分析を活用した意思決定は、うまく機能していると思います。