
スタートアップの成功は経営者の才覚や運などによって左右されるため、その要諦を体系的に理解することはできない。こうした理解が大勢を占める中、「リーン・スタートアップ方式」は起業の方法論として評価され、現在も広く受け入れられている。「とりあえず試す」手法は確かに効果を発揮する一方、最近の研究によって、そのやり方にはいくつかの課題があることも明らかになってきた。
私が大学で起業論を教えていると知ると、人はたいてい、2種類の反応のいずれかを示す。自分のビジネスアイデアを聞いてくれと言うか、そうでなければ、いぶかしげに私を見て、こんなことを言う。「起業はケースバイケースの判断がすべてだと思っていました。学校で教えることなんてできるのですか」
つまり、私は大量のビジネスアイデアを聞くだけでなく(去年はブロックチェーン関連、今年はCBD〔訳注:植物の麻に含まれる化学物質カンナビビジオール〕関連のアイデアが多かった)、重要な問いにどのように答えればよいかを考えなくてはならない。私たちは起業家に何を教えられるのか、という問いである。
この点に関しては、幸い、ここ10年で多くの有益な知見が得られた。それらの知見は、2つの別々のアプローチから生まれたものである。
その1つは、起業家のスティーブ・ブランクとエリック・リースが切り開いた「リーン・スタートアップ方式」という起業の方法論だ。
その基本的な考え方は、ブランクが6年前に執筆した『ハーバード・ビジネス・レビュー』の論文にわかりやすくまとめられている。端的に言えば、起業を成功させるカギは、行動に前のめりになることだというのだ。
この方法論では、起業家はまず、「ビジネスモデルキャンバス」に即して、自社のビジネスモデルの重要な要素について理解を深める。具体的には、「価値提案」「顧客」など、9つの事項を確認する。
そのうえで、自社のビジネスについて知りたい重要な点を洗い出し、それを検証可能な仮説に変換する。そして、検証のために「実用最小限の製品(MVP)」を素早く、コストをかけずにつくる。仮説が正しいと実証されれば文句ない。もし仮説が否定されれば、ピボット(軌道修正)を行う。MVPから得た情報をもとに、自社の商品や市場を見直すのである。
そうやって製品と市場の組み合わせを試し続け、プロダクト・マーケット・フィット――適切な市場に向けて、その市場のニーズを満足させる商品を送り出せている状態――を目指す。
リーン・スタートアップは、シリコンバレーでたちまち大人気になった。「とりあえず試す」という精神が、新興企業に受け入れられやすかったのだ。また、この手法は教えやすいため、新興企業の成長を支援するアクセラレーターが推奨したり、ビジネススクールの起業論の講義で広く採用されたりした。
もっとも、この10年間で起業の戦略に関して起きた大きな変化は、リーン・スタートアップ方式の台頭だけではない。もう1つの革命が静かに進んできたのだ。アカデミズムの世界でも、以前より良質なデータが手に入るようになり、分析手法が進歩し、新しいアプローチが登場した結果、起業の成否を分ける要因が解き明かされ始めたのである。
このおかげで、これまで常識とされてきたことが本当に正しいのか、改めて検証されるようになった。たとえば、「スタートアップは、常に複数の共同創業者で立ち上げるべきである」「若い人のほうが起業に向いている」といった常識である。新しい研究を通じて、リーン・スタートアップ方式について、いくつかの重要なことがわかってきた。