
新しいビジネスのカテゴリーを創造した企業は、その市場を支配して、莫大な利益を得ることができる。誤解されることも多いが、カテゴリー創造者は単なる「先行者(ファースト・ムーバー)」ではない。他社に先駆けて製品やサービスを市場に投入するだけでは、カテゴリーを創造したとは言えないのだ。本稿では、テスラ、ハイドラフェイシャル、アクソンを例に挙げながら、その違いを明らかにする。
ソフトウェア大手のSAPが2018年、オンラインアンケート・ソフトウェアを手掛けるクアルトリクスの買収を発表した。買収金額は80億ドル。この金額は、翌年のクアルトリクスの予測売上高と比べると約14倍だった。
SAPのCEOはデータを根拠として挙げ、巨額買収の正当性を主張した。そのデータによれば、新しいビジネスのカテゴリーを創造した企業は、各市場でビジネスを行う企業の企業価値を合計したとき、平均でその76%を占有するという。その点、クアルトリクスは新しいカテゴリーをつくり出した企業なので、高額な買収資金に見合う、という理屈だ。
このCEOが引用したデータは、本稿の共同執筆者の一人(クリストファー・ロックヘッド)が著書で紹介したものだ。カテゴリーの創造について10年近くコンサルティングと執筆を行ってきた人間として、世界的な大企業のCEOたちが、このテーマに関心を示し始めたことは喜ばしい。
しかし、残念なことだが、関心の高まりと比例して誤解も増えている。最も多い誤解は、カテゴリーの創造と「ファースト・ムーバー・アドバンテージ(先行者利益)」を一緒くたにするパターンだ。他社より早く製品やサービスを市場に送り出すことがカテゴリーの創造だという思い違いが、しばしば見られる。ときにはこの両者が一致する場合もあるが、たいていは違う。
新しいカテゴリーを創造するためには、顧客に新しいソリューションを売り込むだけでなく、それまで気づいていなかった問題を認識させなくてはならないケースが多い。それは、質の高い製品やサービスを送り出したり、旧来型のマーケティングを行ったりするだけでは不可能だ。たいてい、顧客に新しい体験をさせる必要がある。そこで求められるのが、革新的なビジネスモデルである。
重要なのは、言ってみれば、ビジネスのフライホイール(弾み車)を最初に築き上げることだ。安定的に前進し続ける仕組みを完成させることが、大きな意味を持つ。そのためには、(1)製品やサービスに関して目覚ましいイノベーションを実現し、(2)ビジネスモデルにも大きなイノベーションを起こし、(3)いわばフライホイールを動かす潤滑油として、未来の需要を予測するための革新的なビッグデータを得ることのすべてが必要とされる。
今日、データはお金と同じくらい大きな力を持っている。動画配信サービス大手のネットフリックスは、顧客の映像消費についてディズニーよりも充実したデータを持っていて、きわめて優れたフライホイールを確立している。この点に関しては、ライバルの追随をほとんど許さない。この域に達した企業では、フライホイールが回転速度を増し、ビジネスの生産性も高まっていく。やがて、誰にも真似できなくなり、追いつかれることもなくなる。
この点は、私たちの研究結果とも合致している。私たちは、『フォーチュン』誌が選ぶ急成長企業100社を10年にわたり調査した。同誌のリストに載った企業は10年間で約600社。このうち、フライホイールを確立できていた企業は22%にとどまったが、これらの企業は、約600社全体の売上高増の52%、株式時価総額増の72%を占めていた。
私たちの研究によれば、「カテゴリーの女王」や「カテゴリーの王」(私たちは、本稿で挙げた3要素を併せ持つフライホイールを確立している企業を、そう呼んでいる)は、マーケットでも高く評価される。これらの企業は、売上高1ドルに対する株式時価総額が4.82ドルに達している。フライホイールという強みを擁し、新しいカテゴリーを切り開いた企業は、株式時価総額が典型的な企業の約5倍に上るのだ。
以下では、3つの企業を例に見ていきたい。電気自動車のテスラ、美容機器のハイドラフェイシャル、セキュリティ機器のアクソンだ。いずれも、それぞれのカテゴリーの商品を最初に市場に送り出した企業ではないが、画期的な商品とビジネスモデルとデータという優れたフライホイールを最初に完成させた企業である。