
中国のEC業界にとって、「独身の日」(11月11日)は1年間で最も重要な日となる。B2C企業には売上増という明確な恩恵があるが、アリババのようにECプラットフォームを展開する企業はどうだろうか。異常な負荷でサービス提供そのものが危ぶまれる事態を招きかねず、必ずしも歓迎できる状況とは言えない。にもかかわらず、アリババが独身の日を積極的に盛り上げる理由は、みずから大きなストレスをかけることで成長の限界を超え、エコシステム全体を鍛えることが目的だという。
中国ではクリスマス商戦が早くやってくる。11月11日の「独身の日」は、世界最大の24時間限定セールだ。
もとはバレンタインデーを皮肉る日だったが、2009年にアリババ・グループの張勇(ダニエル・チャン)最高執行責任者(現CEO)が「ダブルイレブン」と命名。以来、思い切って散財する消費者はもちろん、大型割引や派手な宣伝を仕掛ける小売業者まで、中国全体を巻き込む巨大イベントへと発展した。
莫大な取扱高といい、猛烈な拡大ペースといい、独身の日にまつわる数字は途方もない大きさだ。景気減速などどこ吹く風、2019年も同じ現象が見られた。
電子商取引(EC)最大手アリババの取扱高は2684億元(約4兆2500億円)と、前年の2135億ドル(約3兆3800億円)を約26%上回った。2018年の米国のブラックフライデー(11月末の感謝祭直後の金曜日、クリスマス商戦の初日と位置づけられる)とサイバーマンデー(同月曜日のオンライン商戦の初日)の売上高を合計した金額の2.5倍以上だ。
だが、アリババの共同創業者ジャック・マーは、2019年の独身の日は落胆する実績だったと語った。それは、中国のEC業界の壮大な野心とダイナミズムを雄弁に物語るコメントと言っていいだろう。最近アリババ本社を訪問した筆者は、その空気を身をもって感じた。
筆者を含むINSEAD中国イニシアチブの訪問団が、中国・杭州のテクノロジー企業を訪問したのは、独身の日の1週間前のこと。どの会社も、史上最大のオンラインバーゲンの日が滞りなく終わるように、準備に余念がなかった。アクセスが殺到してサーバーがダウンしたり、前代未聞の注文数に在庫切れや配達の遅延が起きたり、工夫を凝らしたキャンペーンがバイラルにならず尻つぼみに終わるなど、トラブルは無数に考えられる。
EC業界にとって、独身の日の重要性は高まる一方だ。価格に敏感な中国の消費者は、独身の日に大きな値引きがあると考えて、その直前は大型の買物を控える傾向がある。また、この日でオンラインショッピングはひと段落してしまうから、独身の日をしくじった小売業者は数週間にわたりダメージを引きずることになる。
アリババの非公式の推測によると、新興ブランドの中には、独身の日の売上高が年間実績の4分の1を占める場合もある。だから11月11にミスがあっては絶対にいけない――そんな緊張感がどの会社にも漂っていた。
大事な1日に向けて、社員にも経営陣にも高揚感とプレッシャーが感じられた。細部まで注意を払い、1分1秒も無駄にしない彼らの態度は、いかなる言い訳も自分に許さないという決意を表しているようだった。
だが、個別のブランドではなく、アリババなどオンラインマーケットは、独身の日からどのような恩恵を得るのか。大バーゲンは消費者には歓迎されるが、ECサイトのコアビジネスには大きな混乱を巻き起こす。それなのに、このイベントを盛り上げ続けるのはなぜなのか。利益の最大化が唯一の理由でないのは明らかだ。
杭州訪問は、こうした問いに対して驚くべき回答を与えてくれた。筆者たちが話をした社員はほぼ全員、独身の日に向けた準備は必要悪ではなく、このイベントがもたらす最大の価値だと答えた。すなわち、独身の日は、会社に限界を超えることを強いるストレステストであり、不可能を可能にする機会だというのだ。
アリババ・インダストリー・インターネット・リサーチセンターのエグゼクティブディレクターを務めるチェン・ウェイルーは、「ダブルイレブンは、エコシステム全体のトレーニングになる」と語る。1000万軒の商店とブランド、数万の物流業者、そして300万人の配達要員、50万台のトラックからなるエコシステムだ。