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金融危機以降、米国企業による自社株買いは急激な増加傾向にある。これには経営幹部や投資銀行家の懐をうるおす一方で、本来は生産能力の拡大に充てられるべき投資が抑制されるなど、さまざまな問題が指摘されている。筆者らは、このまま企業の自社株買いが続くと、特に景気後退期を迎えたとき、米国経済に深刻な打撃を与えかねないと警鐘を鳴らす。


 米国は、第二次世界大戦以降で最も長い経済成長を続けている。しかし、ある懸念も高まっている。急増する企業債務によって、経済が景気後退の影響を受けやすくなり、制御不能に陥りかねない、というものだ。

 米国の大企業は10年前の金融危機以降、公開市場での買い戻し(open-market repurchase)、つまり自社株買いに何兆ドルも費やしている。これが、懸念の根本的な原因である。

 2017年の税制改革法によって企業の儲けがますます増える中、S&P500指数を構成する企業は、2018年だけでも計8060億ドル分の自社株買いを実施下。これは、それ以前の最高額を記録した2007年に比べ、約2000億ドル多い。2019年上半期には3700億ドルを自社株買いに費やしており、このペースで進めば、買い戻しの年間総額は2018年に次ぐ2番目となる。

 企業はこうした自社株買いを行うと、不況下で減収減益に見舞われたときに自社の助けとなる流動性を、みずから失っていることになるのだ。

 この問題をさらに深刻化させている事実がある。

 JPモルガン・チェースの報告によれば、社債による資金調達を通じての自社株買いの割合は、2016年と2017年には30%にも達している。国際通貨基金(IMF)は、2019年10月に発表した国際金融安定性報告書の中で、「借入金を原資とするペイアウト(配当および自社株買い)」は、米企業による金融リスクテイクの一端であるとし、「企業の信用度を著しく弱めかねない」と強調している。

 今後の製品売上と自社の利益につながる「生産能力」に投資するために、内部留保を活用した借り入れを資金とするというやり方ならば、理に適っているかもしれない。しかし、自社株買いの資金をまかなうために借り入れるのは、経営としては悪手である。収益を生まない投資は、借金の返済につながらないからだ。

 企業は工場や設備に加え、従業員の知識とスキルを拡張するために投資する必要がある。そして、会社の生産性を高めた従業員の貢献には、報酬を与えなくてはならない。こうして自社の知識基盤に投資することで、製品とプロセスのイノベーションが活性化し、業界内の他社に対する優位を獲得し維持できるようになる。

 企業の競争力につながる知識基盤への投資は、研究開発支出にとどまるものではない。実際に2018年、S&P500企業のうち、どれほどわずかでも研究開発費を計上した企業は43%のみだ。全500社の研究開発支出の合計のうち、75%をたった38社で占めている。研究開発に投資するにせよしないにせよ、すべての企業は、グローバル市場で競争力を保つためには従業員の生産能力に広く深く投資する必要がある。

 公開市場での自社株買いは、企業の生産能力には貢献しない。むしろ、この種の株主還元(通常は配当金の支払いと合わせて行われる)は、労働者の生産性と賃金につながる成長ダイナミズムを妨げる。その結果、収入格差の拡大、雇用不安、生産性の停滞が生じるのだ。

 自社株買いが企業の財務に強いる負担は膨大だ。2019年1月時点で、S&P500企業のうち2009~18年に上場した465社は、この10年間で自社株買いに4.3兆ドルを費やしてきた。これは、純利益の52%に相当する。加えて、純利益の39%に当たる3.3兆ドルを配当金に費やしている。2018年だけでも、共和党による減税で税引後利益が過去最高水準を記録したにもかかわらず、S&P500企業による自社株買いは純利益の実に68%、加えて配当分は41%に達している。